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新型コロナウイルス感染症が猛威をふるうなか、中国、韓国、台湾など東アジア諸国が拡大を抑制しつつある一方、欧米諸国は苦戦を強いられている。その違いは、デジタル技術で感染・接触者を追跡する「デジタル・コンタクト・トレーシング」を徹底できているかが大きい。ただし、それを実践するには、データ主権や個人のプライバシーを制約せざるを得ず、欧米型の民主主義社会は難題と直面している。


 新型コロナウイルス感染症(Covid-19)が国境を越えて猛威を振るうなか、公衆衛生当局は感染の急激な拡大を抑制している国々に注目する。この成功を他国も模倣できるのだろうか。

 焦点となっているのは、はたして専制国家のほうが民主国家よりも有利なのか、である。なぜなら、専制国家は都市封鎖(ロックダウン)やデジタル技術を用いた感染者の移動・接触状況の追跡など、トップダウンの措置を強制できるからだ。

 実際、中国の王毅外交部長は「この突発的で急激な感染症の広がりを抑えるために、今回のような効果的な措置を取れるのは、習近平国家主席の指導下にある中国だけである」と高らかに述べた

 しかし、科学分野のオンラインメディア『アワ・ワールド・イン・データ』最新情報が示す、各国における感染者数の倍増速度からは、政治体制はあまり重要ではないことが窺える。各国の新型コロナウイルス感染症封じ込め成果を比較すると、最上位層と最下位層、どちらにも専制国家と民主国家が混在しているのだ。

 たしかに中国は感染者の増大をうまく食い止めているが、民主主義が発達した韓国も同様である。米国、スペイン、イタリア、フランスのような他の民主国家は、それほど成果を上げているとはいえない。

 では、これまでのところ感染者数の増加をうまく抑えている国々は、何が共通しているのだろう。

 1つには、中国、韓国、台湾、シンガポールのように、東アジアに属するという共通点がある。日本はやや立場が異なる。東アジアには集団主義的な精神があり、それが「政府の感染コントロールを受容しよう」という公共心を呼び覚ましたのかもしれない。

 しかも上記の国々は、ウイルスの拡散に関するデータ収集のみならず、拡散そのものの抑制に、テクノロジーを積極的に導入する傾向がある。感染者や接触者の追跡も、その一環である。

 東アジア社会のこの2つの特徴は互いに無関係ではなく、相乗効果を持つ。

 当然ながら、テクノロジーのこのような活用は、パンデミック封じ込めの有効な手段になりうるが、その半面、データ主権やプライバシーにまつわる深刻な政策課題をもたらす。この種の課題は、東アジアの集団主義的な社会よりも、欧米型の民主主義社会において議論の的になりやすい。

 個人の感染状況、移動歴、他者との接触を追跡するために、テクノロジーを可能な限り有効に展開できるかどうかは、3つの重要な条件にかかっており、その各々が欧米型民主主義に大きなジレンマを突き付けかねない。

 3条件とは、(1)必要なテクノロジーの導入(強い推奨にとどまるのか、それとも強制できるのか)、(2)政府によるデジタルインフラの構築と稼働、(3)プライバシー保護が万全ではない状態での官民のシームレスなデータ共有である。

 以下、これら3条件を詳しく見ていきたい。