
新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、途方もない経済的被害をもたらした。企業がこうした危機を乗り越えるためには慎重性の原則、すなわち将来の収入の計上はより厳格に行うというルールに立ち戻ることが不可欠だと筆者は指摘する。楽観的な想定を前提に経営の舵取りをすれば、金融危機と同じ轍を踏むことになりかねない。
新型コロナウイルス感染症は、人的被害だけでなく、途方もない経済的被害も生み出した。2020年3月のわずか2週間の間に、すべての産業が突然停止したのである。たとえば、英国の自動車生産台数は、2019年4月には月間で7万台、2020年2月には12万台を突破していたが、2020年4月にはわずか197台にまで落ち込んだ。
このような危機を乗り切るために、企業は効率性とレジリエンス(再起力)の両方を持っていなくてはならない。
その点、会計における「慎重性の原則」――未来の収入を計上するときは、未来の損失を計上するときよりも厳しい基準に従うべきだという常識的な基準だ――は長い歴史を通じて、企業が効率性とレジリエンスを両立させる役に立ってきた。この原則のおかげで、企業は思いがけない打撃にうまく備えることができたのだ。
しかし、21世紀に入る頃、会計のルールを決める人たちは、慎重性の原則を捨ててしまった。私たちは、そのツケを払わされることになった。今日、ビジネスの世界はでたらめなバランスシートを持った企業で溢れ返っている。もしそうした企業が危機の直撃を受ければ、大々的な救済措置が必要になるだろう。
ところが、監督官庁は金融機関による貸し渋りを懸念するあまり、慎重性の原則をいっそう弱めようとしている。米国の連邦準備制度理事会(FRB)は最近、ある主要な会計ルールを緩和した。その規則はこれまで、金融機関が責任を持って融資を行うよう促し、危機による損失から金融機関を守るための強力な手立てになってきたものである。
英国の中央銀行も、企業への融資が不活発なことに強い警戒感を抱き、金融機関に対して、焦げつきリスクのある融資にも大規模な担保を要求しないよう促した。こうした方針転換は、慎重性の対極にあるものだ。
いま私たちが経験しているような金融の危機は、想定外のものとは言えない。世界は10年あまり前、深刻な不良債権危機に突如見舞われたばかりだ。
感染症の流行がそのような経済的ショックの引き金を引く可能性があることも、私たちは身に染みて感じた。2014年にはエボラ出血熱、2016年にはジカ熱の感染拡大により、その一歩手前まで行ったことがある。
重要なのは、次に大きな経済的ショックに見舞われたときに同じ轍を踏まないために、どうすべきなのかという点だ。この問いに対する一つの答えは、企業の会計に「慎重性」を取り戻すことである。