日本の大企業がデジタル時代を生き抜くためには、これまで社内に蓄積されてきた「信頼」という資産を生かしつつ、時代に適合したビジネスモデルを再構築することが欠かせない。では、書籍『信頼とデジタル 顧客価値をいかに再創造するか』(以下、書籍)でNTTデータ副社長の山口重樹氏が提案した「顧客価値リ・インベンション戦略」は、これまで数々の大規模システムを手掛けた実績を持つNTTデータにおいてどのように実践されているのだろうか。日々顧客に向き合う現場のリーダーである菊山直也、新田龍の両氏に、ビジネスの現場で同戦略を事業化するための方法論を聞いた。

データから、新たな価値を生む

── 書籍では、デジタル化の進展によって、日本の大企業がかつて有していた競争優位がことごとく無効化されるとありました。NTTデータの顧客企業も、この議論に当てはまる大企業がほとんどだと思いますが、現状はいかがでしょうか。

菊山:もちろん当社のお客さま企業も例外ではなく、デジタル化がもたらす新しい競争にさらされています。この状況で生き残るためには、既存のビジネスプロセスをデジタルに置き換えるだけでなく、「誰にどんな価値を提供するか」という「事業立地」から問い直す必要があります。当社はお客さま企業との間で、こうした問題意識を共有するところから始め、その検討と実行をさまざまな形でサポートしています。

 当社の強みは、企画からITシステムの構築、運用および活用まで一貫したサービスを提供できることにあります。そして、私たちが所属するコンサルティング&マーケティング事業部では、デジタルにおける戦略として「Design & Data Driven Business Transformation」を掲げてきました。これは、デザイン、データ、ビジネス、テクノロジーの4つのケイパビリティー(図表1)を統合し、お客さま企業と共にビジネスを変革することを目指すものであり、まさに本書で示した「顧客価値リ・インベンション戦略」の精神を表現したものです。

図表1:Design & Data Driven Business Transformationの4つのケイパビリティ

── 「顧客価値リ・インベンション戦略」は、すでにNTTデータ内に根付いているということですね。具体的な事例としてはどのようなものがありますか。

新田:例えば、電力業界における新たな事業立地開拓を推進するものとして「グリッドデータバンク・ラボ」での取り組みがあります。これは、東京電力パワーグリッド様、関西電力送配電様、中部電力様の電力3社と当社が共同出資するLLP(有限責任事業組合)に当社も出資参画させていただき共創活動を推進中です。電力以外にも多様な企業や自治体と連携しながら、電力会社が保有するデータに会員企業が持つデータを掛け合わせた新たな活用方法をオープンイノベーションの手法で探る場として、2018年に誕生しました。

 電力業界では、1990年代からの段階的な規制緩和とともに市場化が進み、大手電力会社の地域独占、つまり「販路の優位性」が失われ、業界地図が大きく塗り替わりました。さらに送配電の法的分離が行われ、電力の販売と、電力を届ける送配電とで会社を分けるといった改革も進んでいます。並行してデジタル化も進んでおり、家庭や事業所など、電気を使うあらゆる場所にデジタル式の「スマートメーター」が普及し、ビッグデータが日々生成されています。この大きな2つの変化は、電力会社が担う役割として「安定した電力供給」に加え「データを活用した社会課題の解決」へと広げているともいえます。当ラボでは、電力データを社会で役立てるための有望なユースケースを検討しており、地域の防災計画への活用、商圏分析への活用といったさまざまなテーマで実証実験を行っています。

── 既存の強みを生かしながら、社会課題の解決にもつながる事業変革に取り組んでいる例ですね。

菊山:はい。特に当ラボでは、人々の生活の基盤を支えてきた社会インフラ企業ならではの広い視点を生かし、公益性が高く、社会的なインパクトの強い課題発見を目指すことを大切にしています。