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大企業のスキャンダルが露呈すると、組織がいっきに崩壊することが少なくない。その最たる例であるエンロンの不正会計事件を分析すると、組織を機能不全に陥れる根源に「過信の伝染」があることを筆者らは指摘する。従業員が自分は優秀で無敵だと自信過剰になると、過信のマインドセットが周囲にも広がり、規範として定着してしまう。そうなれば、適切な意思決定を妨げるのは自明だろう。本稿では、過信が伝染する仕組みを明らかにし、行きすぎた楽観主義が組織に及ぼす危険性を論じる。


 2001年に発覚したエンロンの不正会計スキャンダルは、ウォール街を芯から揺るがし、年金や株式の巨額損失に見舞われた何千もの人々を幻滅させ、憤らせた。当時、米国で7番目の大企業だったウォール街の巨人が、一夜にして崩壊したのはなぜか、人々はいまも疑問に思っている。

 いったい何が問題だったのだろうか。答えを探ろうとすると必ずたどり着くのが、エンロンの最高幹部であったジェフリー・スキリングとケネス・レイだ。彼らの大規模な不正会計、汚職、偽装は、エンロンの弱点を覆い隠していたが、それらが露呈すると同社は破滅に追い込まれた。

 しかし、より深く分析していくと、機能不全の組織文化がすべてを引き起こしたことがわかる。「傲慢な文化」が組織に浸透し、多くの従業員は自分たちをエリート集団の一員であるかのように感じ、自分は他の誰よりも賢いと考えていた。このような驕りの文化が、無敵であるという幻想の下、いかがわしい資金で取引を進め、リスクを増大させることに従業員を駆り立てた。

 こうした傲慢さは、どのようにして企業の中に定着するのか。そして、より広範には、過信の文化はどのように生まれ、組織に浸透していくのだろうか。

 これらの疑問に対する答えを見つけるため、筆者らは最近、実験研究を行った。その結果、「社会的伝染(social contagion)」が重要ながら、隠れた役割を果たしている可能性があることを発見した。

 チームや組織が独自の文化を持ち、企業固有の価値観や規範を示すのは当然のことだ。なかには、人材登用や報酬制度が生み出したものもある。たとえば、競争的あるいはリスクを冒した行動を誇示する従業員に対して、多額の金銭や名声といったインセンティブを与えることで、無敵であるという感覚を煽り、それに報いる企業もあるかもしれない。

 しかし、そこに働いている同じように重要で、目立たない力が企業の社会的環境だ。つまり、どのような人たちに囲まれているかである。

 人間は、まさに社会的生物である。私たちは言語や宗教的儀式から、食べ物の好みや道徳的価値観に至るまで、他者からの学習に依拠している。過信が蔓延する社会的環境に身を置くと、みずからも自信過剰のマインドセットを持ってしまうことがあまりにも多い。

 筆者らの研究では、周囲が過信を示すと、その人自身も過信に陥りやすくなることが明らかになった。筆者らは、これを「過信の伝染(transmission of overconfidence)」と呼ぶ。すなわち、自己評価を他者の自信のレベルに近づけようとする傾向だ。人々が他者の過信を「キャッチ」すると、この影響が企業内に広がり、規範として定着してしまうことがある。