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気候変動による打撃は予想を上回るペースで加速し、社会的にも経済的にも甚大な被害をもたらしている。なかでも住宅市場に与える影響は無視できず、このまま放置すれば次なる金融危機を引き起こしかねないと、ハーバード・ビジネス・スクールのジョン・マコンバー氏は警鐘を鳴らす。政府と企業は気候変動の問題と真摯に向き合い、最悪の事態を避けるために手を打たなければならない。


 ハーバード・ビジネス・スクールのジョン・マコンバー上級講師(ファイナンス・ユニット所属)によれば、いま米国の住宅相場は崩壊の瀬戸際にあり、それが引き金となって金融危機が起きる可能性があるという。そして、そのような事態をもたらす原因は、私たちが気候変動の問題を認識し、問題と向き合おうとしないことにあると、マコンバーは指摘している。

 電話インタビュー、およびメールのやり取りを通じて、マコンバーがそのように考える理由と、そのシナリオを避けるために米国のジョー・バイデン政権が取るべき行動について話を聞いた。

編集部(以下太字):あなたは長年、米国の住宅市場が気候変動リスクを無視していると警鐘を鳴らしてきました。相場が調整局面に入る時が近づいていると思いますか。

マコンバー(以下略):はい。気候変動が生み出す打撃は、多くの人の予想を上回るペースで加速しています。2020年に、米国では気象・気候関連の災害が16件起こり、経済損失はそれぞれ10億ドルを超えています。損失額がもっと大きいケースもありました。この種の災害の件数は、2015~19年には年平均13.8件、過去40年間では年平均6.6件でした。

 それだけではありません。わずか数年前には予想もできなかったリスクが浮上しています。海水面の上昇による沿岸の浸水については、以前から心配されてきました。この点を懸念するのはまっとうなことですが、近年はそれに加えて、大雨による河川の氾濫が増加したり、大規模な損害を生む森林火災が多発したりしています。

 さまざまな問題がありますが、リスクの大きい土地に建物を建設したり、建て直したりすることを制限すべきか否かという難しい問題に、私たちは向き合っていません。

 たとえば、カリフォルニア州には、昔から森林火災の多い場所として知られている地域があります。ところが、そのような土地での建設を制限するどころか、そうした土地の住宅への電力供給が電力会社に義務づけられています。しかも、カリフォルニア州政府は保険会社に対して、相場より安い保険料で、このような土地の住宅の火災保険を更新するように求めています。

 また、東海岸の一部地域では、民間保険会社が住宅所有者向けの洪水保険から撤退して久しく、いまは州の機関によって、きわめて安価な保険料で保険が提供されています。そうした州の洪水保険を支えているのが全米洪水保険制度(NFIP)です。

 市場を歪める行為の典型に思えます。

 まったくその通りです。この種の仕組みは、人々が自覚しているよりリスクの大きい住宅投資を行うよう促したり、そうした投資を続けるよう後押ししたりする作用を持ちます。

 現時点では、そのような投資により増大しているコストは、政府機関が吸収しています。被災した住宅の修繕や再建にお金を費やすのは、そのような機関なのです。ちなみに、その原資は、ほかの住宅所有者から徴収した税金です。

 民間保険会社が保険契約を引き受けないような住宅に保険をかけられるようにし、そのような住宅を修繕したり再建したりすることにより、政府は住宅価格を人為的に引き上げています。リスクに見合わないくらい住宅価格が高くなっていることが覆い隠されてしまうのです。

 短期的に見れば、住宅相場を下支えすることにより、多くの利害関係者が恩恵に浴します。けれども、リスクがいっそう高まり、政府の財政がさらに逼迫すれば、これまでのように政府の資金を湯水のごとく注入する仕組みが永遠に続くことはありません。

 問題は、この状態がゆっくりと時間をかけて解消されるのか、それとも短期間で一挙に解消されるのか、という点です。ある日突然、すべてが弾け飛び、途方もない規模の大掛かりなリセットが起きて、住宅相場が完全に混乱に陥るのではないか。私はそれを心配しています。

 そのシナリオについて、詳しく教えてください。

 楽観的なシナリオは、海水面が緩やかに上昇したり、森林火災が少しずつ増加したりする結果、住宅相場が次第に下落していく、あるいは上昇するペースが減速するというものです。この場合は、システム全体が対応するための時間的なゆとりがあります。

 これよりも悪い結果をもたらすのは、政府による保険料支援が突然干上がり、それと同時に、住宅ローン会社がローン審査に当たり、自然災害リスクの大きさを考慮に入れ始めるケースです。これが現実になると、火災保険や洪水保険の保険料が大幅に上昇し、しかも住宅ローンの資産価値比率が落ち込みます。最悪の場合、火災保険や洪水保険にまったく加入できなくなったり、住宅ローンの借り換えができなくなったりするかもしれません。

 そのようなことが起きた地域では、住宅相場が急落します。多くの住宅所有者にとっては、マイホームこそが最大の資産です。そのマイホームの資産価値が下落したり、マイナスになったりすれば、きわめて由々しき事態です。リスク調整済みの資産価値よりも借入額のほうが大きくなれば、資産価値はマイナスということになるのです。

 このような事態が生じると、別のやっかいな問題が持ち上がります。米国のほとんどの自治体は、歳入の大半を固定資産税から得ています。固定資産税の税収は、住宅や商業不動産の価値と連動していて、住宅の価値が下がれば、固定資産税の税収減は避けられません。

 ところが、税収は減っても、自治体の歳出が減るわけではない。その結果、自治体が発行している債券の償還が危うくなります。そうなれば、自治体債の格付けが引き下げられかねません。すると、自治体へのコスト削減の圧力が強まり、行政サービスに悪影響が及びます。また、自治体の借り入れコストも高まります。こうした要因が負のスパイラルを生み出すのです。

 その余波として、ある種の債券の格付けと価格が下落する可能性が出てきます。地方債など、税制面で優遇されている確定利付証券は、多くの人の老後資金の中で、そして多くの保険会社の準備金でも大きな割合を占めています。したがって、気候変動リスクのこうした側面は、すべての人の懐事情に影響を及ぼすのです。