Illustration by Katty Huertas

極度の脅威にさらされると、生物学反応として闘争・逃走反応が生じることが知られている。だが、神経科学分野で提唱されている「ポリヴェーガル(多重迷走神経)理論」によれば、闘うか逃げるかの二者択一ではないという。問題に直面した時、本能的に働くこれらの防衛反応を自己調整することで、他者との協力や創造、繁栄を可能にする状態にみずからを移行させるにはどうすればよいか。ポリヴェーガル理論の応用経験に基づいて開発された、移行を促すための5つのステップを紹介する。


 筆者の一人(クイン)に、ある企業のCEOから相談の電話があった。同社は、新技術に関連した大きな機会を目の前にしていたが、窮地に立たされて、彼女は身動きが取れなくなっているという。

 出資者の代理人の中に、非常に利己的で強引な人物がいる。同社の有力な取締役会メンバー数人が及び腰になり、約束していた資金援助を取りやめようとしていたため、プロジェクトそのものが危機的状況にあるというのだ。

 CEOが込み入った状況を説明するのに、20分かかった。話を聞くうちに、クインは嫌な予感がした。付加価値を求められているのに、何が問題なのかさえ、どうやっても理解できなかったのだ。

 自分では役に立てないかもしれないと不安になり、さっさと電話を終わらせてこの問題とは関わらないようにしようとも思った。だがそうはせず、この不安は「落ち着け」のサインだと気づき、自己調整(self-regulate)を始めた。

 神経科学分野における最近の研究、具体的には「ポリヴェーガル(多重迷走神経)理論」は、この自己調整プロセスと、どのようにすれば人は闘争・逃走反応から、協力・創造・繁栄を可能にする高次に自己開示された状態へ移行できるかを説明している。後述する特定の手法を使えば、問題に直面した時に本能的に働く防衛反応をコントロールできることが、複数の研究によって示されている。

 別の筆者(ポージェス)が提唱するポリヴェーガル理論は、人の協調反応と防衛反応の両方が、自律神経系の一つ、副交感神経の代表的な神経である「迷走神経」によって調整されていることを説明している。迷走神経とは、脳と心臓、胃腸、その他の臓器とを双方向でつなぎ、人が脅威に晒された時に反応を起こさせる神経路である。

 この反応は、3つのレベルに分けられる。

 1つ目は、我々が第1レベルと呼ぶ「不動化」である。極度の脅威下では、爬虫類、哺乳類、そしてヒト(人間)は虚脱し、死んだふりをする。これは自然な適応反応である。たとえば、ネコに捕えられたネズミは、反射的に「シャットダウン」して、死んだふりをする。するとネコはネズミへの興味を失い、ネズミは逃げ出すことができる。人間がこのように反応することは稀であるが、まったくないわけではない。

 第2レベルは「可動化」である。脅威にさらされると、心臓の鼓動が速くなる。交感神経系が活性化され、体はコルチゾールとアドレナリンを分泌し、行動を起こす準備をする。これが闘争・逃走反応である。攻撃的になるか、さもなければ逃走する。

 反応の第3レベルは、他者と関わり、つながる「社会的関与」である。再び安全が確保されたと感じると、人間の体は違う反応を始める。このレベルでは、哺乳類固有の迷走神経路が機能し、闘争・逃走反応と不動化の両者の特徴である防衛反応を鎮める。身体はオキシトシンを分泌する。この状態では、他者に対して心を開き、協力や学習を促すつながりを感じる。