
感染症の流行は従業員に大きな不安やストレスをもたらし、職場ではバーンアウト(燃え尽き症候群)が深刻化している。ただし、それが本当にバーンアウトなのかを見極めるのは容易ではない。本稿では、バーンアウトを測定する代表的な指標である「マスラック・バーンアウト・インベントリー」(MBI)の生みの親が、MBIを正しく理解し、職場で有効活用する方法を示す。
新型コロナウイルスの感染拡大により、さまざまな業種の職場で、バーンアウト(燃え尽き症候群)や、その他の精神的苦痛の問題が深刻化していることは明らかだ。
そのような状況で、これまでよりもバーンアウトの問題に目を向け、この問題に対応しようと考える組織が増えている。そこで、バーンアウトに関する指標である「マスラック・バーンアウト・インベントリー」(MBI)が企業などの組織でどのように用いられているかを、あらためて点検したほうがよさそうだ。
本稿では、MBIとはどのような指標かを概観し、この指標がどのように誤用されているか、企業がこの指標をどのように活用すれば、バーンアウトに関する従業員と組織と世界の理解を深められるかを論じたい。
MBIとは何か
2020年に始まったコロナ禍が2021年になっても収束せず、さまざまな場で燃え尽き症候群を訴える人が増えている。
燃え尽き状態そのものは、最近になってはじめて見られるようになった現象ではない。すっかり消耗し切って、仕事への熱意を失った人の姿は、大昔からフィクションでもノンフィクションでも取り上げられてきた。そうした現象を「バーンアウト」という言葉で表現することが一般的になったのは、この60年ほどのことだ。
1970年代の後半には、燃え尽きに関していくつかの問いが浮上していた。それはどのような現象なのか。なぜ、それが問題なのか。その原因は何か。こうした問いに答えようにも、当時存在していた研究ツールでは十分でなかった。
そこでつくり出されたのがMBIだった。最初に発表されたのは1981年。その後も改訂を重ね、現在は第4版が作成されている。MBIは、バーンアウトに関する初の科学的指標であり、世界中の多くの研究で用いられている。
MBIは、WHO(世界保健機関)の2019年の定義と同様、バーンアウトを職業上の経験と位置づけ、職場が対処すべき問題と見なしている。MBIでは、燃え尽きの3つの要素に着目する。その3要素とは、以下の通りだ。
・エネルギーの枯渇もしくは消耗を感じる(疲弊感)
・仕事への熱意が減退し、仕事に対して否定的な感情や冷めた感情を抱く(シニシズム)
・仕事に対する自信が低下する(職務効力感)
MBIは、この3要素をそれぞれ別々に測定する。この指標の土台になったのは、1970年代に行われた予備的研究だった。その研究では、さまざまな医療職・対人援助職の人たちを対象とした聞き取り調査、職場での観察研究、ケーススタディを用いていた。
この時、調査対象者が自分の感情や態度について語ったコメントの中に、いくつかの共通するテーマが見て取れた(たとえば、「感情が枯れ果てたように感じます」といったコメントだ)。そのような共通する要素に基づいて、MBIの指標が作成された。MBIでは、人々がこうした感情を抱く頻度(「まったく感じない」から「毎日感じる」まで)を調べる。
精力的に検証を繰り返したうえで、まず「MBI対人援助職サーベイ(MBI-HSS)」が発表された。これに続いて、「MBI教育職サーベイ(MBI-ES)」や「MBI医療職サーベイ(MBI-MP)」なども作成された。あらゆる職種を対象とする「MBIジェネラルサーベイ(MBI-GS)」も開発された。このMBI-GSは、複数の国と言語で用いられてきた。
いずれの版でも、一人ひとりの回答者に対して、疲弊感、シニシズム、職務効力感の3種類のスコアを算出する。その際、特定の恣意的な境界線を決めて、それを基準にそれぞれの要素について「ある」「ない」に二分することはせず、スコアの大小という形で表現する。3つの要素すべてでマイナスのスコアが大きい場合、燃え尽き状態にあると見なされる。
これまでの研究で目指してきたのは、3つの要素のそれぞれに関連している要素を明らかにすることだった。
ある種の職場環境により、仕事で成果を上げるのが妨げられたり(職務効力感の低下)、業務負担が過剰になったり(疲弊感の深刻化)することがあるのか。バーンアウトは、疲弊感から始まって、それがシニシズムを生み出し、さらには職務効力感の低下を引き起こすのか。それとも、これとは異なる順番で燃え尽きが進行するのか。