
成功の裏側には、数多の失敗が付き物だ。イノベーションを起こすためには、複数のプロジェクトを同時並行で回しながら、失敗しそうなプロジェクトに素早く見切りをつけて、成功しそうなプロジェクトに注力することが不可欠である。しかし、その実践は容易ではない。失敗を確実に判断することなど不可能であり、一度始めてしまうとなかなかやめられないのだ。本稿では、「ステージゲート法」によるプロジェクト管理の問題点を明らかにし、3つの留意点を示す。
さっさと失敗して、素早く次の大きなアイデアに方向転換せよ――これは、ビジネスの世界ではよく知られている格言だ。
イノベーションのマネジメントを担う人の大半は、自分たちの取り組みのうちで実を結ぶものはごくわずかにすぎないと知っている。そこで複数のプロジェクトを同時並行で行い、成功しそうなプロジェクトと、失敗しそうなプロジェクトを早い段階で見極めようとする。
どのプロジェクトを継続し、どのプロジェクトを打ち切るかを判断するためによく用いられている方法の一つが、いわゆる「ステージゲート法」だ[編注]。
具体的には、それぞれの審査段階で、プロジェクトの責任者がそこまでの進捗状況と市場投入後の見通しについて説明し、上層部はその情報に基づいて、そのプロジェクトにさらなる予算を投入するかを判断する。たとえば、プロジェクトを開始して1カ月後、3カ月後、6カ月後の節目にレビューを行い、そのプロジェクトへの投資が割に合うかを点検するといった具合だ。
ステージゲート法は、いくつかの面で自由放任型のアプローチよりも優れている。まず、プロジェクトのリーダーと資源配分の意思決定者を別々の人たちが担う仕組みをつくることで、利益相反状態の出現を回避できる。また、プロジェクトの打ち切りを決められるタイミングを正式にプロセスに組み込める。さらに、上層部が複数のプロジェクトを批判的に検討することを促す作用もある。
ステージゲート法を採用すれば、こうした効果を通じて、イノベーションの質が高まると期待されている。
しかし、ステージゲート法を採用しても、企業が失敗プロジェクトの打ち切りを決めることは容易でない。そのことは、同僚の企画を打ち切りにする立場に立たされた経験がある人なら、誰でも知っているだろう。冷徹で血も涙もないと思われがちなベンチャーキャピタリストたちでさえ、適切なタイミングでプロジェクトを打ち切れない場合が多い。
筆者らの研究で明らかになったのは、一般的なステージゲート法を実践することが問題の一因になっている場合もあるということだった。ステージゲート法を採用した結果として、思いがけずプロジェクトの打ち切りが難しくなりかねないのだ。
筆者らは、携帯電話メーカーのソニー・エリクソンの約10年間の歴史を調査し、その結果を基に上述の結論を導き出した。
ソニー・エリクソンは、2001年に設立されてから、およそ10年後にソニーに吸収されるまでの間に、携帯電話の開発プロジェクトを約200件実行した。筆者らの研究では、これらのプロジェクトの歴史をたどり、その過程でどのような意思決定がなされたかを調べた。
これは、ある企業がその歴史を通じて手掛けたイノベーション・プロジェクトすべてを分析している点で、極めてユニークな研究と言えるだろう。この研究で得られた発見の一つは、「さっさと失敗」しないことによる機会コストが非常に大きいということだった。
ソニー・エリクソンが手掛けたプロジェクトのうちで、商品の発売前に打ち切りになったものは全体の6分の1にすぎない。市場投入まで行き着いた商品の中には、目覚ましい成功を収めたものもなくはないが、多くの商品の売上げは冴えなかった。
そのような失敗プロジェクトを中止できなかったせいで、イノベーションに十分な資源が投入されず、それ以外の有望なプロジェクトも足を引っ張られた。その結果、ソニー・エリクソンは、スマートフォンの台頭という新しいトレンドに乗り遅れてしまった。最終的に、それが同社の終焉を決定づけることになる。
筆者らの分析によれば、ソニー・エリクソンは、プロジェクトを開始する段階の予測で、そのプロジェクトが生み出す新製品による将来の売上げを大きく見誤ることが多かった。その予測ミスは、プロジェクト1件当たり平均1億8200万ユーロにも達した。1億8200万ユーロという金額は、携帯電話の典型的な機種が市場投入から販売終了までに得る売上げに、おおむね等しい。
開発を目指す新製品の将来の売上げを予想する際、過大評価したり過小評価したりすることは、多くの企業で起きている。市場の変化が速く、開発に長い時間を要する製品を扱っている場合は、予測が外れることは珍しくない。問題は、そのように見通しを誤ると、最も有望なプロジェクトに十分な資源が投入されなくなることだ。
この点で予測ミスを犯すと、さまざまなプロジェクトの優先順位を正しく判断できなくなる(ソニー・エリクソンは、同時に20件ほどのプロジェクトを進めていた)。
早い段階で有望そうに見えたプロジェクトは、優先的に予算を割り振られるかもしれないが、最終的には期待外れに終わる場合もある。一方、初期にそれほど有望に見えなかったプロジェクトには、あまり資金が与えられない。しかし、最終的に大ヒット商品になるのは、そのようなプロジェクトから生まれる新製品だったりする。
それでもステージゲート法を正しく実行できれば、それぞれのプロジェクトの有望さの度合いが変わった場合に素早く気づき、適切な行動を取ることができるはずだ。
実際、ソニー・エリクソンは、1年にわたる製品開発プロセスの間に、顧客の嗜好の変化やライバル企業の動向、新しいテクノロジーの登場などに関する新しい情報を得て、売上げ予想のずれを平均6600万ユーロまで縮小できていた。
しかし、そのような新しい情報を得ても、ステージゲート法における意思決定を下す際に、プロジェクトの優先順位をなかなか修正できなかった。当初期待したほど有望とは思えなくなったプロジェクトに資金を注ぎ込み続け、もっと重視すべきだったプロジェクトへの投資が不十分なままだったのだ。
イノベーションを担う組織は、どうすれば新しい情報に基づいて素早く行動できるのか。筆者らの研究によれば、プロジェクトの打ち切りを適切に行うためには、ステージゲート法のアプローチを3つの面で修正する必要がある。以下、それを順番に説明したい。