
アップルの「Think Different」やナイキの「Just Do It」のように、顧客を鼓舞し、顧客の課題解決を手助けするようなナラティブは、強力な差別化要因となる。しかし、企業が語るナラティブのほとんどが自社中心のスローガンに留まり、そのような役割を果たせていない。コーポレート・ナラティブは、本来どうあるべきか。顧客と本物のつながりを生むナラティブを、どうすれば創出できるのか。
企業は、ある大きな機会を見過ごしている。人々を鼓舞するようなコーポレート・ナラティブを創出することだ。
ナラティブをどのように定義するか。まず、物語(ストーリー)ではない。物語は一般に、始まりと中間と終わりがあって、自己完結する。
それに対し、ナラティブはオープンエンドだ。未来に脅威が迫り、あるいは機会が待ち構えているが、どうなるのかまったくわからない。ナラティブの解決は、関係する人々の選択と行動で決まり、強力な行動喚起になる可能性を秘めている。
コーポレート・ナラティブは、企業ではなく顧客についての文脈でなければならない。成功するナラティブを構築するためには、顧客を深く理解する必要がある。
顧客のニーズはどのように進化しているのか。顧客を刺激して鼓舞するような大きな機会は、どのようなものか。その機会を手にしようとする顧客に、立ちはだかるであろう課題や障害は何か。それらの障害を克服して機会を手にするために、顧客はどのような行動を取る必要があるか。そうした行動を追求する顧客を、企業はどのように手助けできるか。
残念ながら、顧客中心のナラティブを創出している企業は数えるほどしかない。その代表的な成功例の一つは、アップルだ。1990年代にスティーブ・ジョブズが語るナラティブを、アップルのマーケターは「Think Different」というスローガンに凝縮した。
このスローガンと、それを支えるナラティブの力を理解するために、デジタルテクノロジーの黎明期にさかのぼろう。当時は多くの人が、デジタルテクノロジーは私たちから人格を奪い、ただのデータポイントにすると感じていた。私たちをキュービクルに閉じ込めて、機械の歯車にする、と。
しかし、アップルのナラティブは、私たちは新世代のデジタルテクノロジーによって、自分の可能性や個性を表現できるようになることを示唆した。そして、新しいテクノロジーの真の可能性を活かすには、「Think Different」(まるで違う考え方をする)が必要だ。私たちにそれができるだろうか。
このナラティブの信頼性を高めるために、アインシュタインやピカソ、ボブ・ディラン、モハメド・アリなど、「Think Different」を実践した著名人と彼らが成し遂げたことのストーリーが併せて語られた。ただし、アップルはこのナラティブを市場で共有する際に、自分たちの会社についてほとんど言及しなかった。主役は顧客であり、顧客が行動を起こすことによって手に入る機会だった。
これは、初期のアップルが宗教のような存在になった理由の一つでもある。当時の人々が心の底から必要としていたものに語りかけたのだ。
ほかにもナイキの「Just Do It」やエアビーアンドビーの「Belong Anywhere」(どこでも居場所がある)など、人々の心をかきたてるようなナラティブを体現したスローガンがいくつかある。
では、なぜこのようなナラティブを語ることが難しいのだろうか。