
相手の行動を変えるように説得することは、いかなる場合も難しい。特に異なる意見を持つ相手に対しては、論理的な説明を繰り返しても拒絶され、かえって自分の見解や思い込みに固辞されることが少なくない。企業や組織が広範なオーディエンスを巻き込み、相手を説得するために手本とすべき参考例が、ブリテン諸島にある。ワクチン接種プロジェクトに行動科学者を招き入れ、先進諸国でも最高レベルの接種率達成に成功した英国王室属領のジャージー政府だ。本稿では、同政府のプロジェクトチームが、論理や道理に頼らず、市民のワクチン接種を促した3つのアプローチを紹介する。
極めて重要なイシューやトピックについて、それに深く関わる人々を巻き込み、説得したりする必要がある時、こちらの話に耳を傾けてもらうために論理的かつ合理的な方法を選ぶのは自然なことだ。しかし、合理性一辺倒のアプローチには限界がある。
筆者らは、英国王室属領で自治権を持つジャージー島において、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種を安全、迅速、かつ有効に展開するチームのメンバーとして、道理に訴えるのとは違う方法を取ることで、成功を直接経験した。
もちろん、明快で理解しやすい情報を提供することは極めて重要だ。しかし、最も有用な方法は、すでにこちらの考えを理解し、比較的説得しやすい支持者にメッセージを伝えていくことだろう。
誰かに大きな影響を与える決断を促す時、しかも大量の情報と偽情報が出回り、こちらとは異なる懐疑的な見解を持っている時には、説得しようと論理や道理を振りかざしても、相手はかえって自分の見解や思い込みに固執するという逆効果をもたらしかねないことが、研究によって示されている。
筆者らは、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種プロジェクトを推進するには、論理や道理とは異なる戦略を取る必要があることを理解していた。それは、個人的な心情に基づく説得方法である。
そこで、臨床医と公衆衛生の専門家で構成される学際グループに、行動科学者のチームに加わってもらうことにした。人間の行動に影響を与える方法に関する彼らの知見を用いて、ワクチン接種問題に取り組もうと考えたのだ。
こうして考案された個人的心情に訴える戦術は、ジャージー政府が先進諸国でも最高レベルのワクチン接種率を達成することに貢献した。
そこで、ジャージー政府がワクチン接種プログラムを成功させるカギとなった、3つの具体的な戦術を紹介しよう。これは、企業や組織が広範で多様なオーディエンスを巻き込み、説得しなければならない時にも役に立つと、筆者らは考えている。