このような従業員の数は多く、さらに増えつつあるにもかかわらず、彼らに関する正式な方針や施策を設けている組織は非常に少ない。
デジタルノマドはある程度、文字通りにも比喩的にも「網の目にかからない」存在だ。ほとんどの場合、仕事の取り決めを直属の上司との間で行い、「詮索しない、公言しない」という暗黙の合意の下でノマドになるか、組織に知られないまま旅をする。
しかし、こうした無頓着なアプローチでは不十分かもしれない。企業はデジタルノマドを雇用しておくことで、さまざまな法規制上のリスクにさらされかねないのだ。
ノマドは地理的アービトラージの一形態を実践している。つまり、自分の勤める会社が所在する高コスト地域での相場の賃金を得ながら、コストの低い地域を旅して回ることが多い。就業者の仕事に対して適用される法令は、その仕事が行われた司法管轄区域に準拠するのが通常だ。たとえ雇用主が別の場所にいても、である。
その結果、デジタルノマドは容易に、そして意図せずに、自分が仕事をする州や国で雇用主の新たな「恒久的施設」を設置してしまう可能性がある。そうなれば雇用主と従業員の双方が、新たな司法管轄区域における税、規制やコンプライアンスに関する規則・法律の対象となるのだ。
加えて、デジタルノマドの多くは勤務先に知られずに旅をするため、雇用主はまったく無自覚のまま雇用法令に違反することになりかねない。
企業と顧問弁護士はこうしたリスクに気づき始め、対処に乗り出している。一部の企業はアメよりもムチを使う方針を採り、旅行中および遠隔地の従業員をオフィスに呼び戻している。
モルガン・スタンレーのジェームズ・ゴーマンCEOは先頃、次のように述べた。「ニューヨーク水準の給与を得たいならば、ニューヨークで働きましょう。『私はコロラドにいながら、ニューヨークの会社に勤め、ニューヨーク在住者としての給与をもらっている』というのはこれに該当しません。残念ながら、それは通用しないのです」
一方で、アメを与える企業もあり、会社を守る重要な安全対策を盛り込みつつ、フルタイムでどこからでも仕事ができる就業オプションを設けている例もある。
労働とコンプライアンスを専門とする法律事務所のリトラーは、先頃こんなタイトルのレポートを発表した。「個人的な理由から海外で在宅勤務をする、『グローバルCOVIDノマド』や放浪する労働者にどう対処すべきか」。ここでは、デジタルノマドに関連するリスクと、そのリスクを方針と施策によっていかに大きく低減できるかを論じている。
方針や施策は業界や企業によって変わってくるが、まずは自社のデジタルノマドを特定し、居場所と移動先を把握することが第一歩となる。そのうえで、就業形態の条件を定めた契約書を作成すればよい。その際、ノマドを「現在も今後も、会社が現在操業している地域内を仕事場とする在宅勤務者」とすることを明記すべきだ。
ほかにも、特定の場所に滞在できる時間を制限したり、コンプライアンス規定上の理由で立ち入りを禁じる「飛行禁止区域」をリストアップするなどを通じて、ノマドが現地の法律や税、コンプライアンスに関する事項に抵触するリスクを大幅に低減できる。
ただし、防御に徹するだけのアプローチは望ましくない。デジタルノマドという働き方を可能にし後押しする潮流は、今後も続いていくのだ。高学歴でデジタルに精通したデジタルノマドが働く業界では、人材不足が常態化し、従業員の誘致は継続的な課題となっている。彼らを巧みに引き付け、管理して維持することが、あらゆる人材戦略において重要な要素となる。
一貫した明確なデジタルノマド施策によって、需要の高いこれらの働き手を採用しやすくなり、ノマドになりたい既存の従業員との関係を強め、報酬を提供し、引き留めることが容易になるのだ。
これらの施策には、フリーランスのノマドに対する雇用方針を含めるのもよい。彼らは従来型の従業員ではないため、法律や規制に触れる問題を起こす可能性が低い。
デジタルノマドというトレンドはメディアの関心を多く集め、ソーシャルメディアでも強い存在感を確立している。ブログや動画、インスタグラムのアカウントは、文化的活気に満ちた景色のきれいな場所にいる、幸せそうなノマドの写真やストーリー(犬と一緒にいることが多い)に魅了される視聴者をたくさん生み出した。その結果、多くの就業者が自分もデジタルノマドになろうと目指している。
筆者らの調査ではデジタルノマドではない米国成人に対し、次の2~3年の間にそうなりたいかを尋ねたところ、1900万人が「イエス」、別の4500万人が「たぶん」と回答した。
もちろん、人は必ず言葉通りに行動するわけではない。その行動によって自分や家族の住まいや環境が変わってしまう場合は、なおさらだ。
上記の回答者の大半は、おそらくデジタルノマドにはならないだろう。とはいえ、この数字は、場所に縛られない働き方を目指したいという関心が強いこと、そしてデジタルノマドの数はほぼ間違いなく増え続けるであろうことを示している。
組織はオフィスの再開に尽力しながらも、移動の自由を求める従業員のニーズと特権を考慮しなければならない。
"Your Company Needs a Digital Nomad Policy," HBR.org, July 12, 2021.