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量子コンピュータの商用化までには相当な時間を要すると言われているが、それが実現した場合、社会に極めて大きなインパクトを与えることが予想される。特に組合せ最適化問題に高速かつ安価で答えを導けるようになることで、新薬開発、サイバーセキュリティ、金融サービスなどの幅広い分野に劇的な進歩をもたらすことが期待される。本稿では、量子コンピューティングの価値を明らかにするとともに、この最先端技術に秘められた可能性を提示する。


 量子テクノロジーが表舞台に躍り出ようとしている。ゴールドマン・サックスは最近、早ければ5年以内に、量子アルゴリズムを用いて金融資産の価値を予測できるようになるという見通しを明らかにした。また、ハネウェルは、数十年先には量子テクノロジーが1兆ドル産業に成長するという予測を示している

 しかし、なぜゴールドマン・サックスのような企業が、こうした思い切った行動に踏み出し始めたのか。量子コンピュータの商用化は、ことによるとかなり先になる可能性がある。

 いま起きていることを理解するためには、基本に立ち返り、そもそもコンピュータとはどのような作業を行う機械なのかを、あらためて検討することが有益だろう。

 まず、今日のデジタルテクノロジーについて見てみよう。デジタルコンピュータは、端的に言えば計算を行う機械だ。コンピュータの登場で数学的計算が容易になり、社会に極めて大きな恩恵をもたらした。

 ハードウェアとソフトウェアの双方の進歩により、実にさまざまな製品やサービスでコンピューティングを用いる道が開けた。今日の自動車や食洗器、ボイラーにはすべて、何らかのコンピュータが組み込まれている。インターネットやスマートフォンが登場する前からそうだった。もしコンピュータが存在していなければ、人類は月面に到達することも、人工衛星を飛ばすこともできていなかっただろう。

 このようなコンピュータは、バイナリ(2進数)のシグナル(よく知られているように「1」と「0」で表現される)を用いている。データ量はビットもしくはバイトという単位で計測される。

 コードが複雑であればあるほど、コンピュータの処理能力が多く必要となり、処理に要する時間も長くなる。それゆえに、自動走行車が実用化されたり、コンピュータがチェスや囲碁で人間のチャンピオンを破ったりするなど、コンピュータの進歩は目覚ましいが、旧来のコンピュータが苦戦する課題は依然としてある。そのような難しさは、タスクを無数のコンピュータに分散させたとしても解消されない。

 そうした難しい課題の中でも際立っているものの一つが、「組合せ論」と呼ばれるカテゴリーの計算だ。組合せ論は、何らかの目標を最適化するためのアイテムの並べ方を見出すことを目指す。アイテムの数が増えるほど、アイテムの並べ方の候補は指数関数的に増加する。

 現在のデジタルコンピュータは、その最適な並べ方を明らかにするために、すべての順列を試して、目的を達成するうえでどの順列が最適かを見出すというプロセスをたどる。たいてい、途方もない分量の計算が必要となる。この点は、たとえばパスワードを破る過程を考えればイメージしやすいだろう。

 以下で述べるように、組合せ論の計算の手ごわさは、ファイナンスから新薬開発に至るまで、さまざまな重要な分野で障害になっている。また、この問題は人工知能(AI)の進化を妨げる大きなボトルネックにもなっている。

 そこで、量子コンピュータの出番になる。古典的コンピュータが計算のコストを減らしたのと同じように、量子コンピュータは気が遠くなるような組合せ論の問題を計算するのに必要なコストを引き下げる力を持っている。