
米国は高所得国の中で最も妊産婦死亡率が高い。特に民族的・人種的マイノリティの間でそうした状況が際立っている。背後にあるのは、必要な医療に対するアクセスの不平等だ。さらに、妊産婦死亡は病院以外の場所で起きていることが多く、あらかじめリスクの高い母親を特定し、妊娠出産に関わる合併症を防ぐことが欠かせない。そのために有効なのが、電子カルテとAIの併用、遠隔モニタリングやバーチャル診察といったテクノロジーの活用だ。本稿では、妊産婦の社会経済的背景がどのようなものであっても、必要なケアへのアクセスを確保し、死亡や合併症を減らすための具体的な戦略を提言する。
米国は高所得国の中で最も妊産婦死亡率が高い。カナダやフランスの女性と比較すると、米国の女性が出産時の合併症で死亡する割合は2倍である。
この危機的状況は、特に民族的・人種的マイノリティの間で際立つ。米国の黒人と先住民の女性は、白人女性に比べて、妊娠関連の合併症で死亡する確率がはるかに高く、分娩後異常出血や妊娠高血圧症候群、敗血症といった重篤な合併症に母体が罹患する率も高い。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックが、このグループに及ぼした影響はまだ明らかではないが、この感染症が米国でも世界でも人種間の不平等を加速させたことを考えれば、状況は悪化したと考えてしかるべきだろう。
とはいえ、米国疾病予防管理センター(CDC)のデータは、妊産婦の死亡の約60%が予防可能であることを示している。リスクの高い母親を特定したり、妊産婦死亡や出産時の合併症を減らしたりするための有効な戦略は、下記の通りである。
(1)電子カルテ(EHR)と人工知能(AI)を利用して、どの妊婦が分娩中に合併症を起こすリスクが高いかを予想する。
(2)デジタル技術を活用して、妊娠中の患者に対するモニタリングの精度を高め、妊娠中の基本的なケアと救急性の高いケア(より専門的で頻繁なケア)の両者へのアクセスを改善する。
(3)米国産科婦人科学会(ACOG)のガイドラインに従い、そのような妊婦をより高度なケアができる病院へ紹介する。救急医療に対応できない病院で高リスクの産科患者が出産した場合、十分なリソースがあって臨床専門家が対応できる病院での分娩と比べて、母体が重篤な合併症を罹病するリスクが50%高い。
こうした戦略を採用することで、状況が改善されるだけでなく、医療費もかなり抑えられることが期待される。さまざまな推計によると、重篤な合併症を罹病した母体の治療にかかる医療費は、合併症を伴わずに出産した場合の3倍に達し、医療支出を年間で8億2500万ドルから数十億ドル増加させている。
こうした戦略を米国でただちに実現させるには、大学病院や医療システム、テクノロジー企業、そして州や連邦機関の協力が必要だ。