
暗号資産の取引が活発化する中、当局の中では規制を強化すべきという論調が見られ、なかでも法定通貨などを担保にする「ステーブルコイン」に対する懸念が高まっている。ステーブルコインには決済の安全性や即時性を強化するなどのメリットが存在する一方、金融制度が整わない状態では公共部門と民間部門の双方が大きなリスクを負うことになる。本稿では、暗号資産をサウンドマネー(健全な通貨)に変えるための3つの方法を提示する。
2021年8月3日、米証券取引委員会のゲイリー・ゲンスラー委員長は、いまこそ暗号資産市場を規制すべきであるという強硬な声明を発表した。
そう考える規制当局者は、彼だけではない。米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長は、ステーブルコイン――米ドルなどの参照資産に連動させた暗号資産――の規制を求める緊急声明を出した。さらにFRBのラエル・ブレイナード理事は、ステーブルコインへの対応として、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を同理事会が検討する正当性は強まっていると示唆した。
通常、規制当局者がこれほどの注意を払う対象は、銀行やマネーマーケット・ファンド(MMF)といった、金融システム上の重要な部分に限られる。
価値の変動が激しいビットコインやイーサリアムのような暗号資産とは異なり、ステーブルコインは国際金融の未来において重要な役割(まだ定まってはいないが)を果たす可能性がある――このことを示す根拠は増えつつあり、上記の声明もその一部だ。ステーブルコインは、決済と金融サービスの基軸にさえなりうるのだ。
当然ながら、これは中央銀行、規制当局、金融部門で大きな変革が進む可能性を意味している。それによって多くのメリットとともに、新たに深刻なリスクも生じうる。
経済学者から見たステーブルコインのメリットとしては、消費者と事業者にとって、決済が現在よりも低コストかつ安全となる、即時に実行される、競争を促進するなどがある。事業者の支払い受理の費用を下げ、政府による条件付き現金給付プログラム(景気刺激資金の送金を含む)の実行を容易にするなどを、迅速に実現できる。銀行口座を持たない、または十分に利用できない人々を金融システムへとつなげることも可能となる。
しかし、法的および経済的に堅牢な枠組みがなければ、ステーブルコインは安定(ステーブル)とはほど遠いものになるという現実的なリスクがある。不安定な固定為替相場制と同じように崩壊したり、2008年のマネーマーケット・ファンドのように「額面割れ」を起こしたり、価値ゼロへと下落したりするかもしれない。19世紀の山猫銀行(ワイルドキャット・バンク)による混乱が再現されることも考えられる。
ステーブルコインの是非については議論の余地があるかもしれないが、勢いを増していることは疑うべくもない。発行されたコインはすでに1130億ドルを超える。問題は、ステーブルコインにどう対応すべきか、その実行責任を誰が負うべきか、である。
反応はさまざまであり、既存の金融システムで十分だ(ステーブルコインの安定性は幻想にすぎない)とする説や、CBDCの研究を加速させる動きも見られる。また、人々が何世紀も頼りにしてきた公的資金と民間資金の組み合わせが自然に進化したものがステーブルコインだ、と強調する意見もある。
米国成人の所得分布で下位40%に属する人々のうち、15%が銀行口座を持っていない。低所得の口座所有者(特に黒人およびヒスパニック系の顧客)は、金融システムへの基本的なアクセスのために毎月12ドル以上を支払っている。このような現在のシステムを擁護するのは難しい。とはいえ、新たなテクノロジーが新たなリスクを招きうることも明白だ。
お金の仕組みを大きく変えるのは手間がかかるが、政府はすべてにいっぺんに取り組む必要はない。むしろ、そうしたやり方では成功しにくい。米国でもほかの国々でも、公共部門はデジタルサービスの展開で特に成功していない(中国は例外であり、デジタル人民元による取引高は53億ドルを超えている)。
一方、民間部門の関与にもリスクがある。ステーブルコインが、暗号資産取引と分散型金融(DeFi)の枠を超えて動くことを考えれば、なおさらだ。ソリューションがどんなものであれ、消費者の保護、金融の安定、金融犯罪の防止に取り組む必要がある。これらはお金の供給において常に生じる問題だ。
では、中央銀行と規制当局はどう対応すればよいのだろうか。公共・民間両方の強みを活かしてお金を「アップグレード」できる、3つのシンプルな方法がある。
それぞれは異なるが相互排他的ではなく、既存の金融機関にも、フィンテックや暗号資産への参入者にも大きなチャンスをもたらす。これらのチャンスが既存プレーヤーと新規プレーヤーの協業を促進し続けると同時に、より激しい競争も生むことになる。
お金をアップグレードする
現代のお金は、公的資金と民間資金を組み合わせたものである。公的資金には、中央銀行が発行した現金や、中央銀行へのデジタル債権なども該当する。民間資金には、商業銀行への預金債権も含まれる。公共部門がお金の安定性を保護する一方、先進国経済ではお金の最大95%が民間部門に属する。
ステーブルコインは民間資金の一形態だ。これは新しい概念ではなく、金融機能と信用機能を分離するという考え方は80年前にさかのぼる。
そしてブロックチェーン技術は、デジタル認証のコストを下げることで、お金の供給における公共・民間両方の役割を拡大することが可能だ。公共部門は消費者と事業者を直接つなげようと試みることができるが、国民のニーズへの対応と選択肢の多様化は、民間部門のほうが効率的に行える可能性が高い。
この変革を成功させるには、公共と民間の適切なバランスが求められる。公的アプローチを重視しすぎる国は、迅速な市場投入、競争、イノベーションを達成できずに終わる見込みが高い。また、未来のフィンテック事業者を育てることもできないだろう。インターネットの歴史が教訓であり、このテクノロジーに宿る「強力な商業的エンジン」を活かした国々が優位に立った。
そして金融市場の歴史も示唆的だ。堅牢な規制の枠組みがない国々は、準備金不足の「山猫ステーブルコイン」を生み、消費者保護で最も後れを取るかもしれない。
近現代のお金の歴史とも一致するが、相反する複数のアプローチを実験できるようにすることのオプション価値は大きい。ここでは公共と民間の実験は、代替ではなく強く補完し合う。「同じリスクには同じルールを適用する」のアプローチに基づく技術中立的な規制によって、品質基準を向上させ、安全なソリューション間の競争を促進することができる。
決済、信用、金融のサービスの分離をどのように加速させるかをめぐる課題は、ソリューションによって異なる。この分離は最終的には不可避となるが、さまざまなアプローチがどう展開しうるかはすでに見え始めている。
中国はデジタル人民元の導入を経て、国際決済の未来と、政府がどんな種類のデータにアクセスすべきかについて、大胆に発言した最初の国となった。今度はほかの国々が――特に米国は、世界の準備通貨の番人として――未来への展望と自国の役割について主張を展開する番である。