
多くの企業がDEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)に対する投資を行っている。当然ながら取締役会にも多様性が求められているが、トークニズム(形式だけの少数派抜擢)に終わっている会社も少なくない。社会や市場の要請を形式的に満たすだけでなく、文化変容を成し遂げ、DEIのさまざまな恩恵を受けるために、企業は何をすべきなのか。本稿では、その実現に有効な3つの指針を紹介する。
1年近くにわたる審査の末、米国証券取引委員会(SEC)は、ナスダックの新たな上場ルールを承認した。ナスダックは、企業の取締役会のダイバーシティ(多様性)を向上させ、インクルージョン(包摂)を強化することを目的に、すべての上場企業に取締役会の多様性に関する情報開示を義務づけた。
具体的には、標準的な基準に従い、過小評価グループから少なくとも2人の取締役を――「性自認が女性の人が最低1人と、人種的マイノリティもしくは性自認がLGBTQ+の人が最低1人」を――起用するものとし、その基準を満たしていない場合は理由を示すことを求めたのだ。
反対の声もあったが、ビジネスの世界でもダイバーシティとインクルージョンを高めるべきだという主張はすでに広く支持を集めている。いま問題にすべきは、企業がどのようにナスダックの新しいルールを実行に移し、形式的に基準を満たすだけでなく、真の有意義な文化変容を成し遂げればよいかという点だ。
ナスダックが新たな基準を策定するのに先立ち、DEI(ダイバーシティ、エクイティ〈公平性〉、インクルージョン)を重んじる姿勢を公表する民間企業が増えていた。
多くの企業がDEIのさまざまな側面に投資するようになって久しい。最近では人種間の正義を求める運動への関心が高まり、社会集団によって新型コロナウイルス感染症の打撃の大きさに不均衡が生じている。その結果、DEIへの投資をもっと増やし、そのペースをより加速させることが、喫緊の課題として浮かび上がってきた。
しかし、企業はDEIのさまざまな利点をよく知っているにもかかわらず、社内のいろいろな階層のマネジメント職の多様性を高めることに苦労している。その傾向が特に顕著なのが取締役会だ。新しい取締役は社内の幹部層から登用されることが多いが、たいていの企業の幹部層はよりいっそう同質性が高いのだ。
ナスダックの新しいルールは意義深いものではあるが、実行することが極めて難しい。この新しい方針は、企業が取締役会の多様性を高めるための指針になり、取締役会の行動を通じて会社を正しい方向に導く最初の一歩にはなるだろう。しかし、変化が乏しく、しばしば同質性が高い取締役会に多様性をもたらすためには、それだけでは十分でない。
取締役会は、株主に対して責任を負い、その結果として顧客に対し、そして自社が奉仕するコミュニティ(従業員も含まれる)に対しても責任を負う。取締役会によるガバナンスの質が向上すれば、すべてのステークホルダーにとってリスクが小さくなり、その企業の未来が持続可能なものになる。
企業が将来にわたり存続し続け、経済的成功を収めるためには、幅広い層の人材を登用し、公平性と包摂のレベルを高めることが少なくとも不可欠だ。たとえば、新型コロナウイルスのパンデミックにより、多くの企業が空前の危機に直面し、存続を脅かされた時、何人もの企業リーダーが、多様なアイデア、スキル、経験を活用して、有効かつ革新的なソリューションを生み出した。
取締役会のDEIを徹底する取り組みは、適切に実行すれば、さまざまな恩恵をもたらす。企業統治に関わる中核的問題についての意思決定の質を向上させ、ESG(環境、社会、ガバナンス)の分野で最先端を走り続け、株主やその他のステークホルダーの利害をより公平に代表し、従業員や顧客や納入業者のニーズを尊重することができる。また、ダイナミックスキルと経歴と視点を持つことにより、市場と消費者トレンドの変化を予期し、それに対応しやすくなる。
今回のナスダックの新ルール策定によって最も恩恵を受けるのは、新しい基準を義務的に実行するのではなく、意識的・計画的な変化を推し進めるための絶好のきっかけとして位置づける企業だ。
研究によれば、多くの企業の取締役会はこれまでのところDEIを十分に実践できていないようだ。その理由は以下の3つである。
1. 取締役会が多様な人材を探したいと思う理由がなければ、DEIの実践は実現しない。
2. 取締役会に起用する人材の幅を広げるためには、現在の取締役たちが持つ人的ネットワークの外から人を探さなくてはならない。
3. 取締役会の多様性拡大をトークニズム(形式だけの少数派抜擢)に留めないためには、旧来の思考をアップデートし、取締役会のあり方を修正して、新しい価値観を持たなくてはならない。
いずれの課題も簡単に解決できるものではない。しかし、物事を俯瞰し、これらの課題が互いに関連していることを理解できれば、すべてをつなぎ合わせたアプローチの有効性に気づくだろう。以下では、幅広い人材を起用し、高い成果を上げる取締役会を構築するための指針を紹介する。