
勝利が求められるスポーツの世界で、テニスの大坂なおみ選手や体操のシモーン・バイルス選手のように、みずからが抱えるメンタルヘルスの問題を優先することが世界的な議論の的となった。実際、アスリートには心の健康も欠かせないという認識は高まり、業界として組織的な取り組みが行われている。ビジネスの世界でも、コロナ禍でメンタルヘルスに深刻な問題が生じ、さまざまな手立てが講じられているが、スポーツ界の事例から多くを学ぶことができる。本稿では、リーダーが従業員のメンタルヘルスを支援するために適用できる4つの戦略を論じる。
2021年5月、テニス界のスーパースター大坂なおみは、自身のメンタルヘルスに対する不安を理由に、全仏オープンの出場を辞退するという勇気とバルネラビリティ(弱さを隠さず、傷つくことをいとわない姿勢)ある行動を取った。
瞬く間に大手メディアやソーシャルメディアで話題になり、大坂は世界中から称賛と叱責の両方を浴びた。セリーナ・ウィリアムズやウサイン・ボルト、メンタルヘルスの擁護者マイケル・フェルプスをはじめとする著名なアスリートがすぐに支持の声を上げ、メンタルウェルネスアプリ「カーム」の開発会社が大坂の罰金を負担すると申し出たことで、このアプリは急速に広まった。
その後まもなく、東京オリンピックで体操のシモーン・バイルスが複数の種目を棄権し、スポーツにおけるメンタルヘルスの問題が世界的な議論の的となった。
このように、著名なスポーツ選手がみずからのメンタルヘルスを優先する事例は、スポーツ業界の組織的な取り組みとともに、スポーツにおけるメンタルヘルスに対する考え方に重要な変化をもたらしている。
選手に対して働くさまざまなキャリアダイナミクスが、心の健康を脅かしうるという認識が高まっている。脅威となるのは、完璧さや進歩を続けることへの期待に応えきれないこと、勝利に対する大衆からの莫大なプレッシャー、対戦相手を凌駕しなければならないという要求の蔓延、そして怪我で一瞬にして終わりを迎える比較的短いキャリアスパンなどだ。
コロナ禍によって、職場のメンタルヘルスやウェルビーイングに明らかにネガティブな影響が出たことから、組織の内部でもメンタルヘルスに関する会話が急増し、その結果、多くの企業が自社の健康戦略を見直し、再度力を入れている。
たとえば、BHPやクリフォードチャンス法律事務所、デロイト、HSBCといった大手数社のリーダーが協働し、変革を推進するために世界的なコラボレーションをスタートさせている。
世間からの注目度が高いスポーツ界におけるこの気運から、企業のリーダーが学べることはたくさんある。従業員のメンタルヘルスを支援したいと考えるリーダーのために、4つの戦略を以下に紹介する。