
新興企業の創業者が組織をリードし続けることは珍しくない。しかし、必要以上に居座れば、みずからが組織の成長を妨げる要因となる可能性がある。一方で、20年以上にもわたり手腕を振るい、自社を巨大企業に育て上げた例もいとまがない。創業者がCEOとして経営を担う場合、いつまでその座に留まるのがよいのだろうか。筆者らが上場企業約2000社のデータを分析したところ、IPOを境目に創業者がCEOを務めることの恩恵は縮小し、それ以降はむしろ企業価値を損なう傾向が浮き彫りになった。本稿では、創業者が適切な時期にCEOとは異なるポジションに移行し、さらなる手腕を発揮するための3つの戦略を論じる。
「創業者が会社のリーダーを務めるべきだと主張する人は多い。しかし、私に言わせれば、いつまでも創業者がトップであり続けることは、会社の足を引っ張る深刻な要因になる。それだけが理由で会社が失敗に陥るとしても不思議でない。(中略)会社が創業者から独り立ちし、その人物の影響力や指揮命令から自由になることが極めて重要だと、私は考えている」
――ジャック・ドーシー、ツイッター共同創業者、前CEO
2021年11月、ジャック・ドーシーがツイッターのCEOを突然辞任したことは、シリコンバレーを、そして世界中を騒然とさせた。ドーシーは前年、自身の解任を要求していたアクティビスト(物言う株主)との長い戦いを乗り切ったばかりだった。そのため最高技術責任者(CTO)のパラグ・アグラワルにCEOの座を譲ると決めたことは、多くの人に驚きを持って受け取られた。
また、この行動は最近のビジネス界の潮流と一線を画すものでもあった。近年は、ベンチャーキャピタリストたちが「創業者に優しい」(ファウンダーフレンドリー)姿勢を取り、新興企業の創業者にCEOとして、できるだけ長く会社の舵取り役を務めさせようとするケースが多いからだ。
ドーシーの辞任は、新興企業がある程度成熟した段階で、創業者がみずから身を引く実例となった。これをきっかけに浮かぶ問いがある。他の創業者兼CEOもドーシーと同様の判断を下すべきなのだろうか。
新興企業の創業者がCEOとして、必要以上に居座り続けたケースは少なからずある。ウーバーのトラヴィス・カラニックとウィーワークのアダム・ニューマンは「ドラマチックな失敗」(これでもかなり控えめな表現だ)がメディアで大きく報道された後、会社から追放された。
同様に、グルーポン共同創業者でCEOを務めていたアンドリュー・メイソンは、同社が株式上場を果たしたわずか1年半後に更迭された。これに反応して、同社の株価はすぐに4%上昇した。
もちろん、ドーシー以前にも「会社が自分を乗り越えて、前に進むべきだ」と主張した創業者は存在した。オーディオブランドであるスカルキャンディーのリック・オールデンは、自社がIPO(新規株式公開)に向けた準備を開始すると、ベンチャー事業的な活動により時間を割きたいと述べて退任した。
また、「女の子」向けのプログラミング教育を推進する非営利団体ガールズ・フー・コードのレシュマ・サウジャニは、イノベーション能力を保ち続けるにはCEOの交代が必要だと述べて、CEOの座を退いた。
シリコンバレーの有力ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツのベン・ホロウィッツが著書『HARD THINGS』で指摘しているように、有能なCEOであるためには、自社が何をすべきかを知っていて、さらには自社にそれを実行させる方法も知っていなければならない。
ホロウィッツに言わせれば、新興企業の創業者兼CEOは概して、1つ目には長けているものの、2つ目ははるかに不得手である。その結果、会社が成長して複雑性を増すにつれ、苦労することも増えていく。オペレーションの合理化、コストの削減、そして増加するばかりの従業員、製品やサービス、組織機能、事業地域、顧客のマネジメントといった課題は、新興企業のリーダーに求められる資質とはほとんど重ならないからだ。
加えて、株式上場後の新興企業は、それまでにも増して注目を浴び、株主の数も大幅に増える。このような要因も、IPO後のCEOが果たすべき役割をいっそう複雑なものにしている。
その一方で、「創業者に優しい」アプローチが会社に恩恵をもたらす場合があることを示唆する材料もある。リジェネロン・ファーマシューティカルズのレン・シュライファー、フェデックスのフレッド・スミス、そしてアマゾン・ドットコムのジェフ・ベゾスは皆、IPO後も20年以上にわたりCEOの座に留まり続けた。その間、いずれの会社も企業価値評価(バリュエーション)が500億ドルを突破するまでに成長した。