
多くの職場で、仕事に身を捧げ、意欲も能力も高い「理想の労働者」でいることが求められる。しかし、その規範を守り抜こうとしてオーバーワークが続けば、やがては心身が壊れてしまう危険性がある。それを防ぐためには、自分の身体が発する声に真摯に耳を傾ける必要がある。本稿では、ヨガのインストラクター養成講座のエスノグラフィックリサーチを通じて、どのように実践すればよいのかを紹介する。
ビアンカ(仮名)のこれまでの人生に一貫したテーマが一つあるとすれば、それは周囲の期待に応えるために無理をすることだった。会計士になったのは、よい仕事だと祖父が言ったからだ。
職場でも、ビアンカは周囲の期待に応えるために無理をしてきた。「私は極めて困難な取り組みをやり遂げるだけの報酬を得ていました。そのため会社によって穴に吸い込まれていくままの状態になっていたのです」
ビアンカは長年、周囲の期待に応えるために働き続けた結果、ついに心身に不調をきたすようになった。「経営陣は容赦がなかった」と、彼女は振り返る。「ワークライフバランスは完全に失われ、帰宅しても夜通し働き、子どもたちを怒鳴りつけていました。(中略)ストレスは家庭にまで及んでいます。最終的には不安障害をわずらい、健康状態がどんどん悪化しました」
ビアンカが語ったオーバーワークの話は、多くの人にとって不快なほど身近に感じられるかもしれない。長年の研究によると、多くの職場は、いつでも働ける態勢で、意欲を持ち、能力がある従業員を評価する「理想の労働者」という規範の上に成り立っている。
なかには、このような要求に応えるためにそれを内面化し、「よく働き、よく遊べ」という合言葉のままに生きる従業員もいる。すなわち、仕事でもプライベートでも無理をすることを「バランス」を取る方法として重宝するのだ。一方、平日は無理な働き方を意欲的にこなすが、週末は疲労回復に当てるという人もいる。
だが、どちらのグループも月曜日にはモーレツな働き方に飲み込まれる。このように理想の労働者の規範を守り続けていると、やがて心身が壊れてしまいかねない。
筆者らの研究は、ビジネスパーソンが理想の労働者という呪縛から逃れ、過労と回復の悪循環を断ち切るユニークな方法を検証した。具体的には、身体意識を刺激するような仕事外のコミュニティ体験である。
筆者らは「ソマティックエンゲージメント」と呼ばれる手法に着目して、人々が仕事と仕事外のタスクに関与する時、自分の身体をどのように経験し、利用して、表現するかを2年にわたり研究した。その舞台となったのは、ヨガのインストラクター養成講座である。
最も重要な発見は、これまでとは異なる形で自分の身体と向き合う方法を学んだ人は、仕事でもプライベートでもオーバーワークのパターンを調整できるようになったことだ。
ヨガのインストラクター養成講座を通して、身体の歪みの感覚を理解した参加者たちは、日常生活のどんな場面で同じような感覚に襲われるのかを気づけるようになった。また、仕事でこのような感覚を察知すると、自分のオーバーワークのパターンに疑問を投げかけ、それに流されないようになった。要するに、彼らはパフォーマンスを最大化するための道具として自分の身体を扱うのではなく、自己受容の見地から捉えるようになったのだ。
このようなインサイトは、民族誌学的なアプローチを通して得られた。筆者らは、それぞれ異なるヨガのインストラクター養成講座に参加した。クリアリーは、すでにヨガを教えたり、実践したりという経験があり、異なる人間関係のタイプが仕事上のアイデンティティにどのような影響を与えるかに関心を持っていた。ロックもヨガの経験があり、心身療法が仕事に与える影響に関心があった。
大学の研究審査委員会が定めたルールに基づき、2人はそれぞれが受講した養成講座の最初のクラスで、自分が研究者であることを開示した。また、エスノグラフィックリサーチに共通するルールに基づき、筆者らは期待されるすべてのクラスに参加した。