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新型コロナウイルス感染症のパンデミックや地政学リスクの高まりなどを受けて、グローバルサプライチェーンの脆弱性が明らかになり始めている。サプライチェーンの再編が求められることは確かだが、単純にローカライゼーションを進めても問題は解決しない。本稿では、グローバルサプライチェーンを見直す際、経営陣が考慮すべき4つのポイントを提示する。


 従来、サプライチェーン担当マネジャーの焦点は調達に当てられてきた。すなわち、材料や資源が付加価値をもたらす段階を経て、最終的な製品・サービスとなって顧客に届けられるまで、それら一連のフローの管理である。

 ところが、新型コロナウイルス感染症のパンデミック、温室効果ガスの削減という新たな緊急課題、地政学、そしてウクライナでの戦争によって生じた幾多のショックにより、グローバルサプライチェーンの脆弱性が最大の懸念事項となった。

 経営者はこのダイナミクスに対処するために、製品コストやサプライヤーの選択という議論を超えて検討する必要がある。以下、考慮すべき4つの側面を示す。

1. 地理と地政学

 企業は過去30年にわたり、アジアの安価な労働力を活用し、信頼できる低コストの輸送と安全な取引環境を利用して、大量の製品を遠く離れた市場に届けてきた。しかし現在、サプライチェーンの「レジリエンス」は、経済的・技術的な「主権」――より自国に根差した生産を意味する婉曲表現――と絡み合っている。

 この問題をめぐる議論は、トランプ政権下で始まり、いまなお継続中の米中貿易戦争を機に巻き起こり、パンデミックによって国境を超えた依存関係の深さが露になったことで、さらに加速した。パンデミック初期の医療必需品とワクチンの輸出制限は、そのような準備が不十分であった各国の政府に対して、強烈なメッセージを送ることになった。

 ある小国の政府関係者が筆者に語ったところによれば、隣国から生鮮食品の供給制限を受けた同国は、あらゆる物事に関して供給の安定性を疑問視するようになったという。

 貿易制限は――たとえ一時的なものであれ――信頼性を低下させ、各国がレジリエンスや自給自足を名目とした産業政策を実施する口実を与える。直近ではウクライナでの戦争を機に、金属希ガス農産物といった原材料の供給が新たに注目を浴びている。

 パンデミック下で半導体チップの不足が広範に与えた影響は、サプライチェーンの転換を迫る圧力の典型例だ。米国でこの問題は、最先端の半導体をめぐる米国の主導権の喪失と結び付けられ国内投資を促進する大型法案につながった。

 このような動きは米国だけに留まらない。EU(欧州連合)日本も、世界の半導体生産における自国のシェア回復に向けた取り組みを開始した。また、2020年に始まった中国の「双循環」政策は、半導体を含む戦略物資の輸入への依存を抑えることを目的としている。「レジリエンス」の旗印の下に、私たちは、産業の政治的主導権を確立する動きが急加速する様子を目の当たりにしているのだ。

 安価な労働力や、遠隔地でのグローバルな調達戦略に依存してきた経営者は、地域に関する代替案を講じる必要性がますます高まるだろう。地理的な貿易圏の中で、生産能力と消費のバランスをより適切に保つことが求められる可能性が高い。

 そのような貿易圏は主に、広範なケイパビリティとリソースを包含するような形で描くことができる。たとえば、米国、カナダ、メキシコ、中米の一部を含む北米貿易圏は、大規模な市場と有能かつ安価な労働力を提供し合うことができ、また輸送の距離とコストを抑えることもできる。同様に、東欧と北アフリカの安価な労働力を利用する欧州貿易圏も描き出せる。

 これは必ずしも、あらゆる生産を現地化するという意味ではない。自動車産業の大多数は一般に、少数のモデルを個々の拠点で生産してから、その一部を他の市場に輸出し、どこの市場でも全種類の製品を提供できるよう注力している。東南アジアのように、政治的な中立を保ちながら、複数の貿易圏を相手にした生産拠点になることも想定できる。

 また、1つの企業が主要貿易圏内の2つか3つの拠点に生産の大部分を集中させたうえで、中間材と最終製品の一部を他の貿易圏の市場に輸出するというシナリオも筆者は想定している。ただし、この場合は柔軟性を促進するために、異なる地域で生産能力と戦略的ケイパビリティの両方を高める必要がある。

 このような戦略を通じて、状況の変化に応じた方向転換が可能になる。この種の柔軟性が必要であることは、過去2年で何度も証明されてきた。

 なお、地域に固定資産を持ち、それらをバランスよく活用するやり方に依存する資本集約型セクターの場合、必ずしも一つの地域に集中するのではなく、ケイパビリティを分散させることが柔軟性につながる。

 この現象は半導体業界で始まっており、たとえばアジアで先頭を走るTSMCサムスンなどは、自社拠点の地理的多様性を拡大している。その移行には長い時間とコストを要することが予想されるので、この動きがすでに始まっているという事実には、長期的な世界観の変容が反映されている。