制度化の進展

 データサイエンスは2012年当時、AIを主軸とするスタートアップにおいてさえも、生まれたばかりの職能だった。今日では、少なくともデータとAIに大きく注力する企業の間ではかなり定着している。銀行、保険会社、小売企業、そして医療機関や政府機関にさえもしっかりとしたデータサイエンス部門があり、大手金融サービス企業において数百人のデータサイエンティストを擁する場合もある。

 データサイエンスはまた、社会的危機への対処でも効果を発揮している。たとえば、新型コロナウイルスの感染者数および死者数の測定と予測、気象災害対策への貢献、ウクライナ侵攻に関連したデマやサイバーハッキングへの対処などだ。

 制度化を促進する重要な要因として、データサイエンスを重視した教育の普及がある。2012年にはデータサイエンスの学位課程は実質的に存在せず、データサイエンティストはほかの定量的分野から採用されていた。

 いまでは、データサイエンスおよび関連するアナリティクスとAIの分野の学位課程は数百件にも上る。そのほとんどは修士課程だが、学部課程での専攻も博士課程もある。また、データサイエンス関連分野の資格、オンライン講座、短期集中講座は非常に多くあり、高校においてもその授業とカリキュラムがあるほどだ。データサイエンスの能力訓練を受けたいと思う誰にでも、その選択肢が豊富に存在することは明らかだ。

 ただし、効果的かつ倫理的なデータサイエンスの分析と実験を行い、さらにモデルを考案し、構築し、実装するために必要なすべてのスキルを、いずれか一つの教育プログラムで教え込むことは不可能だろう。実際、データサイエンティスト志望者および彼らを雇いたい企業にとって、多様な教育の選択肢があっても、それを明確に理解することは、一つの教育機関であっても難しいのである。

職務の再定義

 データサイエンティストの役割は現在、ほかのさまざまな職務によって補完されている。2012年に想定したデータサイエンティストは、データサイエンスの活用に必要なすべての仕事ができると考えていた。ユースケースの概念化、事業面および技術面のステークホルダーたちとのやり取り、アルゴリズムの開発と生産への実装などだ。

 しかし現在では、このような仕事の多くをこなすための関連職が増えている。ここには機械学習エンジニアやデータエンジニア、AIの専門家、アナリティクスとAIの翻訳者、データ志向のプロダクトマネジャーなどが含まれる。

 リンクトインが発表した米国の2021年と2022年の「人気上昇中の仕事」によれば、これらの職の一部はデータサイエンティストよりも人気が高まっているという。関連職が増えた一因は、複雑なAIやアナリティクスのシステムを適切に実装するために必要なすべてのスキルを、一人の職能者が兼ね備えることが不可能なためだ。

 多くのアルゴリズムは実装に至らず終わっている。その認識は広まっており、多くの組織が実装率の改善に努めている。加えて、増加したデータのシステムと技術を管理するという課題が、より複雑な技術環境へとつながっている。

 データサイエンティストと関連職の資格を認定する取り組みもいくつかあるが、需要や認知はまだ広がっていない。TDバンクなど一部の企業は、あまたあるデータサイエンス関連の職とそのスキルを分類する仕組みを設けたが、ほかの組織ではあまり一般的ではない。

 このような関連スキルの増加に伴って企業に求められるのは、事業にデータサイエンスのモデルを効果的に実装するために必要となる諸々の職務をすべて明確にしたうえで、それらの担当者を確保し、チームでの協働を促すことである。