
企業が従業員との関係を把握し、問題を改善するために、従業員エンゲージメントを指標とすることはますます広まっている。ただし、従業員エンゲージメントが高く、良好な状態であることが示されたとしても、回答を深く掘り下げていくと、従業員が苦悩しているという事実が明らかになることも少なくない。マイクロソフトのピープルアナリティクスチームは、仕事と仕事外の両面において、どれだけ成功しているかを示す「従業員スライビング」(employee thriving)という指標に注目した。この従業員スライビングは、エンゲージメントを超える新たな指標になる可能性を秘めているという。マイクロソフトの調査結果から浮かび上がった3つの重要テーマを検証し、今後の課題を論じる。
従業員エンパワーメントから従業員スライビングへ
明らかなことが一つある。それは「2020年より前と比べて、何も変わっていない人はいない」ということだ。したがって、従業員の変化に伴い、従業員エンパワーメントの方法も変える必要がある。
マイクロソフトのピープルアナリティクスチームにとって、従業員エンパワーメントとは、従業員が自分の人生をどのような形で有意義に生きることを望んでいるかを、データから学ぶことを意味している。一連の取り組みは、仕事と仕事外の両面において、どれだけ成功しているかを示す「従業員スライビング」(employee thriving)を測る、新たな方法という形で結実した。この方法を用いることで、従業員エンゲージメント以上のことを測定できる。
本稿では、この測定法にたどり着いた経緯と理由、そしてあなたの会社が我々の経験から何を学べるかを説明する。
従業員スライビングが新たな指標になる理由
マイクロソフトでは2021年まで、年1回のペースで、従業員エンゲージメントを追跡するためのアンケート調査を実施してきた。調査項目は数多く、その結果を十分に理解し、具体的な対応策を打ち出すまでに数カ月かかることもしばしばあった。にもかかわらず、会社全体で共有可能なエンゲージメントの定義を定めるのは、常に困難を極めた。
さらに、従業員エンゲージメントのスコアでは良好な状態であることが示されていても、回答を深く掘り下げていくと、実は苦悩している従業員の姿が明らかになることも少なくなかった。これはつまり、従業員エクスペリエンスに関して高い基準を設定していなかったことの表れだと、我々は重く受け止め、重要な状況をより正確に測定できるようにしたいと、よりいっそう強く考えるようになった。
そこで我々は、調査スパンを1年から6カ月に短縮し、調査項目についてもより焦点を絞ったうえで、従業員からフィードバックを求めることにした。調査の実施にあたっては、従業員の成功をサポートするプラットフォームで知られるグリントと提携した。この新たなアプローチのおかげで、我々は従業員のフィードバックに応え、より明確かつ素早い行動を起こしていけるようになった。
また、従業員エンゲージメントに留まらない、より高い基準を新たに設定することにも力を尽くした。そのために、我々はさまざまな情報源に当たり、インスピレーションを得た。その一つが、マイクロソフトの最高人材責任者(CPO)であるキャサリン・ホーガンが提唱する「5つのP」である。これはマズローの欲求5段階説に似たもので、従業員の達成欲求を5つの連続した重要な要素に分ける。すなわち、「給料」(pay)「職務に付随する特権」(perks)「人」(people)「誇り」(pride)「パーパス」(purpose)だ。
コロナ禍で多くの人々がそれぞれの人生における仕事とキャリアの役割を顧みているいま、マイクロソフトのヒアリングシステムもまた、再調整すべき時だと我々は考えた。最終ゴール、つまりパーパスの感覚に至るまでの進捗度を測定できるようにしたいと思ったのである。
また、ミシガン大学ロススクール・オブ・ビジネス教授のグレッチェン・スプレイツァーとそのチームによる「職場におけるスライビング」(thriving at work)に関する研究からもインスピレーションを得た。この研究では、従業員にとっての成功を停滞の対極ととらえている。そこで我々は、従業員エンゲージメントに留まらず、マイクロソフト独自の定義による従業員スライビングに注力することにした。
マイクロソフトでは、従業員スライビングを「有意義な仕事をするためのエネルギーとエンパワーメントを得られること」と定義している。これが、マイクロソフトの従業員に対して、我々が掲げる新たな目標の中核であり、すべての従業員がそれぞれのパーパスを追求していると感じられるように、日々努力を重ねてきた。
我々が従業員スライビングに焦点を当てているのは、ただ「コロナ禍の影響から立ち直るため」あるいは「コロナ前の従業員センチメントのスコアまで回復するため」といった理由だけではない。コロナ収束後には、以前より良好な状態になっていることを目指しているのだ。