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戦略立案に当たっては、すぐに問題の分析に取りかかり、できるだけ早く意思決定をしたいと思いがちだ。しかし、問題が明確化されていなければ、適切な解決策は見つからない。意思決定しようにも、必要な情報が揃っていないこともあれば、そもそも問題自体が解決不可能なことさえある。本稿では、戦略立案の罠を回避するために、まずは「解決しなくてはならない問題はあるか」「それはどのようなタイプの問題か」を問うことから始める重要性を論じる。

解決すべき問題はあるか、その問題はどのようなタイプか

 私たちは学校教育を通じて、明確に定義された問題を見つけ、それをすぐに解こうとする習性が身についていることが多い。代数の試験では、解くことのできる代数の問題が示されるし、物理の試験では、解くことのできる物理の問題が示される。

 しかし、現実世界の問題は、学校の試験問題とは比較にならないくらい曖昧だ。時には、解決しなくてはならない問題が存在することすら、明確でない場合もある。問題が存在することが明らかだったとしても、それがどのようなタイプの問題なのか明確でなかったり、問題を解決するために必要な情報が揃っていなかったりする。場合によっては、そもそも、その問題自体が解決不可能なことさえある。

 そのため、戦略立案者が肝に銘じるべきは、すぐに問題の分析に取りかかって意思決定を行いたいという衝動に屈してはならないことだ。まずは、2つの基本的な問いを検討することから始めなくてはならない。すなわち「解決しなくてはならない問題はあるか」、そして「それはどのようなタイプの問題か」という問いである。

 ●解決しなくてはならない問題はあるか

 多くの企業は、戦略策定に乗り出すのがあまりにも遅い。対処しなくてはならない問題が存在することに気づいていなかったり、そうした状況に十分な危機感を抱いていなかったりすることが理由だ。

 このような状況が起こる原因は、いくつかある。現在のパフォーマンスに対する脅威が具体的に目に見えていなければ、解決すべき問題があるとは思えないのかもしれない。売上高、成長率、収益性、生産性といった一般的な財務指標も、そのような認識に拍車をかける可能性がある。これらの財務指標は、あくまでも過去のパフォーマンスを映し出すものであって、未来の可能性を描き出すものではない。

 変化の激しい環境においては、現在の成功と未来の成功の間に、まったく関連がない。むしろ、現時点で収益性が高いということは、未来の成功に向けた投資を十分に行っていないことを示唆している可能性すらある。

 このような「蜃気楼」に惑わされず、現実を見るには、積極的な取り組みが欠かせない。ひとたび身についたメンタルモデルは簡単には変えられず、意識して変えようとしない限り、そのままである場合が多いからだ。

 ビジネスとはどのようなもので、どのように機能するのかという点に関して、私たちが身につけているメンタルモデルは、選択の結果ではなく、揺るぎない事実であるかのように思われていることが少なくない。実際には、常にほかの選択肢が存在するにもかかわらず、である。

 このような状況に陥ることを避けるには、これまでの成功の土台になっていた「隠れた前提」を認識し、その前提の妥当性を常に疑うことが欠かせない。

 ジェフ・ベゾスは常々、いつの日かアマゾン・ドットコムにはつまずく日がやって来ると釘を刺し続け、謙虚さを失わず、草創期の飢餓感を忘れてはならないと訴えてきた。ある企業では、既存の戦略や提案に疑問を投げかけることを役割とする「レッドチーム」を設置したり、自社のサイバーセキュリティの強度を検証するためにハッカーグループを雇って攻撃させたりしている企業もある。

 決められた方法をそのまま受け入れていれば、現状への満足感が生じ、人々の意見は同一に収れんしてしまう。したがって、これまでの方法を批判したり、異議を唱えたりすることを促し、そのような人々を守るには、積極的な介入が不可欠となる。

 社内の一匹狼や懐疑派を守る役割を担っているCEOもいる。そうしなければ、現場レベルのマネジャーによって排除されたり、異論を唱えることの価値が十分に評価されなかったりして、殲滅されてしまう場合が多いからだ。

 最後に、戦略プロセスは機械的な繰り返しとなり、儀式化する可能性がある。財務プランニングや達成目標に関する交渉に終始してしまう場合もあるだろう。戦略プロセスに、再び新鮮な気持ちで臨み、その本質を再認識するには、既存の枠組みに囚われない「アウトサイダー」を関与させること、異なる視点を意識的に検討し、経営幹部の想像力を拡張することを目的としたゲームに取り組むことも有効だ。

 要するに、 問題を積極的に見つけようとしなければ、解決すべき問題が存在することも、問題が存在する場合にそれを真剣に受け止めることも難しい。