
日常の中にヘイトクライムは潜んでおり、企業の従業員も大小さまざまなヘイトクライム被害に遭っている可能性がある。企業は、どのようにしてヘイトクライムから従業員を守るべきか。そしてヘイトクライムの被害に遭ってしまった従業員をどうサポートすべきか。本稿では、ヘイトクライムの被害に遭ったことのある筆者が、4つの手法を紹介する。
なぜ人は憎しみを抱くのか
それは5月のありふれた火曜日だった。私は昼間、ニューヨーク郊外にある自宅の周辺を散歩しようと出かけた。家族で20年近く住んでいる地域だ。ポッドキャストでコメディを聴いていた私の笑いは突然、中断された。30秒も経たないうちに、見知らぬ車が近くの一時停止線で止まったのだ。
私はすぐに有色人種としての「心得」に則って行動を開始した。音量を下げ、目を合わせず、まっすぐ前を見る。だが生まれて初めて、それが役に立たなかった。車の運転者は、私に向かって激しい人種差別の言葉を叫び続けた。ついカッとなった私が何か言い返すと、この見ず知らずの人間は、車ごと縁石を乗り越え、私に向かって全速力で突進してきたのだ。その瞬間に、もし私が反対方向に飛びのいていなかったら、私は轢かれていただろう。
その後のことは、恐怖と混乱でよく覚えていない。近くにいた近所の人が助けに来てくれた。警察が聞き込みに来た。私は、自分が横たわっていたかもしれないその縁石に座り込み、傷ついた芝生を見つめながら、涙があふれた。なぜ人はこれほどまでに憎しみを抱くことができるのか、理解できなかった。両親と共に南アジアから帰化した移民一世にとって、生きるとは同化することだった。やるべきことはやったのに、この凶行を防げなかった。無力感しかなかった。
職場はヘイトクライムの影響を無視できない
その日から数日間、私は負のスパイラルに陥った。住所といった家族の個人情報を守るために、警察への告発を取り下げるという苦渋の選択をせざるを得なかった。家から出るのが怖かった。夜も眠れない。他に報われる道はないかと何時間も必死になって調べた。絶望の中、自分が持つ「特権」に気づいた。私が働いているのは、マインド・シェア・パートナーズという、職場のメンタルヘルス文化の改善を専門とする非営利団体だ。安心して自分の話を聞いてもらえると感じた。そして、リーダーシップチームは、寛大さと共感、柔軟性を持って対応してくれた。
残念ながら、暴力的な体験をしたすべての人が、このような支援を受けられるわけではない。情報開示水準の低さや支援方法に関する知識の欠如が原因だ。
米国におけるヘイトクライムは、憂慮すべき高い割合で発生しており、過去12年間で最高値に達している。人種差別によるトラウマは特に、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状や、身の安全に対する不安、孤独感の増大など、永続的な影響を与える可能性がある。
しかし、このようなもっともな脅威にもかかわらず、文化的スティグマの存在により、職場でサポートを求めることが困難になっている。たとえば、AAPI(アジア太平洋諸島系アメリカ人)は、謙虚であること、目立たないこと、一生懸命に働くことを文化として教えられているため、自分の業績をアピールすることが難しいといったアイデンティティ上の葛藤がある。生き残るためには何も言わずに働き続ける。強いストレスや深い悲しみによる緊張を常に笑顔で覆い隠し、表面的には元気そうに見えるかもしれない。だが、サポートされていると感じられなければ、組織への忠誠心は薄れる。
マインド・シェア・パートナーズがクアルトリクス(Qualtrics)とサービスナウ(ServiceNow)と共同でまとめた「2021 Mental Health at Work Report」(2021年 職場におけるメンタルヘルス報告書)によれば、労働者の50%が、少なくとも部分的にはメンタルヘルスが原因で異動や退職をしたことがあると回答しているのも意外ではない。この数字は、Z世代で81%、ミレニアル世代で68%に上る。
リーダーがサバイバーとそのメンタルヘルスをサポートする方法
メンタルヘルス対策を整備することが、企業の間で一般化しつつある。一方、人種に起因する暴力を受けならがも生き残ってきた人々(サバイバー)が、安心して復帰できるような職場文化の構築に関しては、まだ企業によって差があるようだ。
新型コロナウイルス感染症の発生から3年近くが経過し、従業員のオフィス復帰を促進するうえで、多くの企業が感じている課題に加え、サバイバーへの対応を検討する際には、考慮しなければならない複雑な要素がある。従業員が家から外に出ること対して、身の危険を感じている場合、どうすればよいのか。襲われた同じ道を通ることに恐怖を感じる従業員には、どのような配慮が必要なのか。組織が従業員の心身の健康を大切にしているという安心感を与えるにはどうすればよいのか。
このような疑問に答えていくために、戦略と共感の両面から、4つの方法を紹介する。