心理的安全性の基盤づくりに取り組む
従業員が暴力的な体験や、同じように傷ついた出来事を打ち明けるには、自分の仕事や評判にとってリスクがないと確信できる環境が必要だ。組織は、メンタルヘルスやDEI(多様性、公平性、包摂)に関する話題について、心理的安全性すなわち、自分の考えや心配ごとを罰せられることなく自由に話してもよいと思える環境をつくり出すため、意図的に努力しなければならない。
心理的安全性には、信頼の構築、透明性の担保、包摂的な意思決定の3つの大きな側面がある。リーダーは、従業員との信頼関係を構築するために、みずから一貫してバルネラビリティ(弱さを含め自分をさらけ出すこと)の模範を示すべきだ。自分自身の課題を共有することで、従業員も安心して同じことができるようになる。個人的なことまで打ち明ける必要はないが、従業員と人間的なつながりが持てる範囲で話そう。
透明性を担保するには、従業員が自分の責任の背後にある「なぜ」を理解できるようにすることだ。また、納期やキャパシティーの制約など、重要なデータについても明確にする。最後に、リーダーの意思決定プロセスに多様な視点と健全な議論が含まれるようにする。従業員は、自分の意見を求められると、正当に評価されていると感じる。構造的な人種差別、先入観、文化的な偏見によって、歴史的に抑圧されてきた声を増幅させる機会にもなる。
このような広範な戦略と並行して、チームごとの規範を定め、グループや1対1のミーティングに導入するとよいだろう。仕事の話に入る前に、従業員の様子を確認する時間を取ろう。人種差別に起因するニュースが報じられ、常に危機的な状況にあるいま、そのような出来事がチームに与えている影響を認識しよう。そして、従業員が直接的、間接的な反撃や罰則を受けることなく、自由に話ができる場を提供し続けよう。
従業員からサバイバーであることを明かされたら
共感を持って対応する
心理的安全性の強い基盤があっても、従業員は職場で個人的なこと、特にそのような残酷な経験を話すことをためらうかもしれない。職場で自分の弱さを見せることは難しい。なぜなら、仕事に関係のない情報を共有するにはリスクが伴い、その結果を自分ではコントロールできないからだ。
従業員から弱みを打ち明けられたら、共感を示すことが大切だ。勇気を持って自分のことを話してくれたことにきちんと感謝する。気まずさを感じているかもしれないので、その気持ちに寄り添う。解決策を見つけようとしてはいけない。話を聞き、理解を示すことがリーダーの仕事だ。
次に、従業員がどのように進めたいかを把握する。その体験が仕事に及ぼす影響を確認し合う機会を、どのくらいのペースで持ちたいかを直接聞き、本人の求めるペースに合わせよう。この確認機会には、従業員が利用できるリソースを紹介するとよいだろう。単にEAP(従業員支援プログラム)ナンバーを伝えるのではなく、リソースの活用法を説明し、疑問点に答えられるようにしておく。利用したことのあるリソースがあるのなら、それによってどう助けられたかを伝え、福利厚生の活用に関するスティグマを解消しよう。
最後に、秘密保持を常に念頭に置き、従業員が自分から話したくないことを、チームや組織に明かさないようにしなければならない。
勤務条件に柔軟性を持たせる
この種のトラウマの管理は、さまざまなメンタルヘルス上の問題と結びついている。たとえば、眠れない、または家から出るのが怖いといった場合には、リモートワークや勤務時間、チーム連絡への対応などについて、柔軟性を高めることは非常に価値がある。また、オフィスでの始業・終業時間を調整すれば、ピーク時間の移動に対する不安を解消できる。
従業員がリモートワークをしている場合、休息時間を多めに認めるのもよいだろう。人事部門と連携して、通常の休暇とは別に、活力を取り戻したり、セラピーを受けたり、同じような経験をした人と話をしたりできるよう、有給休暇を増やしてもよいかもしれない。
本人の仕事量や全体的なキャパシティを考慮し、重要でない業務の期限を延長する。仕事に遅れが生じる場合、従業員の個人情報を保護しながら、その旨を社内外の関係者に伝える。とはいえ、仕事や責任を減らすことが常に正しいと考えるのは要注意だ。本人に直接意向を確認しよう。日々の業務やプロジェクトに集中することが、意義を見出したり、同僚との交流につながったり、単に現実逃避や気晴らしになったりすることもあるからだ。
状況確認を繰り返し、必要に応じて便宜や取り決めを微調整する。もちろん、このような柔軟な働き方が可能なことは、事前にチーム全体に伝え、話し合っておくことが望ましい。真に持続可能なワークカルチャーとは、計画的につくるものであり、事後に一緒に築くものではないのだ。
独自のメンタルヘルス対策に投資する
もし会社として、歴史的に疎外されてきたコミュニティへのメンタルヘルス対策をまだ持っていないのなら、その旗振り役を買って出てはどうだろう。
たとえば、人種や民族ごとの文化を尊重したケア提供者のネットワークを多様化することを検討する。また、コレクティブ(Collective)やエクイティ・プラクティス(The Equity Practice)などの専門家によるDEI研修に投資し、特定のコミュニティのメンタルヘルスに関する講演者を招いたり、メンタルヘルスに関する従業員リソースグループと他の従業員リソースグループ(LGBTQ+や有色人種など)のイベントを共催して、包摂性の促進に取り組むのもよいだろう。
自社独自のメンタルヘルス対策は、インパクトとエンゲージメントの両方を最大化する。自社コミュニティの固有の経験にもとづいて、社会的、構造的、制度的な差別や不公平を克服するものである。
このような対策は、多くのコミュニティが、第二言語、医療への不信感、メンタルヘルス治療へのアクセスにおける一般的な格差といった固有の壁にぶつかっている。自社独自のメンタルヘルス対策が構築できれば、より魅力的でアクセスしやすいものになる。また、同じような経験を持つ人からは、どのようなリソースが役に立ち、どう活用すればよいのか、どのように自分の生活に効果的かつ持続的に取り入れられるのか、といった情報を得る機会も得られる。
会社は、暴力犯罪の発生を防ぐことはできない。従業員の身を四六時中守ることもできない。だが、トラウマとなるような出来事が従業員に起きても、
"I Survived a Hate Crime. Here's How My Company Supported Me.," HBR.org, October 31, 2022.