サマリー:我々の社会はいま、近代工業文明からサイバー文明への過渡期にある。工業化社会の優等生だった日本が、サイバー文明社会に適応、発展していくための原則を語り合う。

不確実性を排除した環境下で、物事を計画的、効率的に遂行していくために科学やテクノロジーを活用した近代工業化社会。一方、ネットワークで結ばれたさまざまな主体や要素が複雑に絡み合い、その相互作用によって予期しない結果が生まれる複雑系のサイバー文明社会。私たちはいま、この2つの社会の過渡期に直面している。

工業化社会の優等生だった日本企業が、サイバー文明社会を生き抜くための原則とは何なのか。2022年に『ソシオテクニカル経営 人に優しいDXを目指して』『サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス』の2つの著書を世に送り出した慶應義塾大学教授の國領二郎氏と、デロイト トーマツ コンサルティングで先端的AI(人工知能)の活用を推進する宍倉剛氏、河原弘宜氏が、議論した。

工業文明からサイバー文明への転換期
それに適応できるアーキテクチャーとは

宍倉 コロナ禍をきっかけの一つとして、社会構造や生活様式が大きく変化しており、企業は社会や顧客からの要請に応じて進化、変革することが求められています。

 そうした中、DX(デジタル・トランスフォーメーション)推進におけるさまざまな課題を比較すると、「人材確保が難しい」「全社的なデータ利活用の方針や文化がない」「データ管理システムが整備されていない」といったDX黎明期特有の課題を挙げる企業の割合が、日本では米国を大きく上回っています(*1)。

 企業が解くべき課題が複雑化しているにもかかわらず、デジタル技術の進化やデータ活用の進展にキャッチアップできていない状況が見て取れますが、國領先生はどうご覧になりますか。

國領 企業はまず、複雑さが増している要因がどこにあるのかを理解することが一番大事だと思います。DXの基本的視座として、工業文明からサイバー文明へと転換しつつあることを理解する必要があります。

 工業文明社会では、工場での計画的な生産に象徴されるように、安定した環境で計画通りに物事を進めるために科学やテクノロジーの力を利用してきました。ゼロディフェクトやシックスシグマにしろ、不確実な要素を除外して、業務効率化や生産性向上を図るための活動であり、そうしたパラダイムで動いていました。

國領二郎Jiro Kokuryo
慶應義塾大学 総合政策学部 教授
政策・メディア研究科委員
東京大学経済学部卒業後、日本電信電話公社(現NTT)入社。米ハーバード大学で経営学博士号取得後、1993年慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授、2003年同環境情報学部教授。総合政策学部長、慶應義塾常任理事などを歴任。デジタル庁「Web3.0研究会」座長。著書に『ソシオテクニカル経営 人に優しいDXを目指して』(日経BP、2022年)、『サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス』(日本経済新聞出版、同)、『ソーシャルな資本主義 つながりの経営戦略』(日経BP、2013年)など多数。

 工業文明のパラダイムでは、日本はものすごく優等生でした。しかし、ネットワーク化がどんどん進んでいく中で、社会を構成するさまざまな主体や要素が複雑にからみ合い、その相互作用によって蝶の羽ばたきほどの小さな変化が、遠く離れた場所で竜巻のような予期せぬ大きな変化を起こす、いわゆるバタフライ効果がいい面でも悪い面でも起こる複雑系の世界になりました。

 それが、私たちがいま移行しつつあるサイバー文明の本質であり、この構造変化についていけるかどうかが、社会にとっても企業にとっても、一番大きなテーマなのではないでしょうか。

宍倉 そうしたパラダイムシフトに対応するためには、組織構造や意思決定のあり方、業務プロセス、それらを支えるITやデジタルなど、広い意味でのシステム設計を変えていくことが必要です。

國領 社会システムも技術的なシステムも、変化に迅速に対応できるアーキテクチャーで統合的に設計するのが、サイバー文明における自然な流れです。最近ではアジャイル開発という言葉が一般的に使われるようになりましたが、その時々の状況に合わせながら、柔軟かつスピーディにシステムを開発できる。そういうアーキテクチャーでないと、工業文明の時代のように、大規模なシステムを3年、5年、時には10年かけて改修するといった考え方では、ネットワーク化した複雑系の世界には対応できません。

 情報システムについて言えば、データ中心設計とモジュール化です。個々の顧客ニーズや外部環境の変化をデータでとらえ、レゴブロックを組み立てるようにモジュールを組み合わせて開発できるシステム構造でないと、アジャイルさを発揮できません。