みんなの手柄、みんなの責任という組織では
トライアル・アンド・エラーができない
宍倉 単年度予算主義の弊害もあります。データを活用して新しいビジネスを生み出し、それをスケールさせようとすると、少なくとも3年ぐらいはかかります。しかし、単年度予算で動いている場合、1年後に成果が出ていないと予算をカットされてしまう。それがわかっているので、成功確率が高い業務改善にデジタルを使うところで止まってしまう。そういう状況が至るところで起きています。
國領 私の知る限りでは、CEOレベルの意識はかなり変わってきています。むしろ、心配なのはその下の役員層やミドルマネジメントです。予算が達成できないと評価が下がるんじゃないかとか、長くてもあと2、3年で異動だからという意識があって、中長期志向になれないのかもしれません。
河原 経営トップのデジタルリテラシーが高く、大きく変革しないといけないという危機感が高い企業は、たしかに増えていると思います。同時に、非常に優秀でやる気に満ちあふれた若手社員も少なくありません。

Hiroki Kawahara
デロイト トーマツ コンサルティング
シニアマネジャー
産業機器メーカー及び国内系コンサルティング会社を経て現職。一貫してデータ利活用と向き合い、先端技術対応から業務改善、全社データ活用推進までの幅広いテーマを担当。現在は、さまざまな業界・業務における機械学習やデータ利活用案件をリード。
それでも変われないのは、要因が根深いところにあるからではないでしょうか。たとえば、部門ごとの独立性が強すぎて横の連携を図れない組織風土、属人化した業務、そしてトライアル・アンド・エラーを評価しない人事制度などは、よく挙げられる問題です。
國領 日本は気働きの文化だから、調整に調整を重ねて、それでも1%のエラー率があったり、反対する人が10%いたりすると物事が前に進まない。さらに調整しているうちに手遅れになってしまう。
一定のエラーや不利益を被る人は常にあるものだと割り切って、それに対しては別途手当てを考えることも必要だと思います。
宍倉 AIの導入に際しても、「予測精度90%では納得できない」といった反対意見が出ることがよくありますが、いま先生がおっしゃったような割り切りがあれば、足りない10%の精度を別の技術や仕組みで補うことを検討できるはずです。まずは、90%の精度でスタートして、少しずつ改善していくという意思決定ができないと、AIの活用も進みません。
河原 組織内で調整を重ねる過程で反対意見が出てきて、変えることのメリットよりデメリットが強調されがちです。
実用可能なテクノロジーが急速に拡大している現在において、まずは使ってみる、変えてみることのメリットにフォーカスして、トライアル・アンド・エラーで改善していく風土や意思決定システムを整備していこうという志向が大事だと思います。
國領 調整を重ねるとか、何人もの人に稟議書を回すというのは、合意形成のプロセスであると同時に、責任の所在をあいまいにするものでもあります。うまくいけば手柄はみんなのもの、失敗したらみんなの責任。それだと、トライアル・アンド・エラーはできない。
使ってもらいながら価値を高めるビジネスモデル
宍倉 ユーザーに使ってもらいながら、サービスや製品の品質を上げていくというビジネスモデルでは、プロダクトライフサイクルを通した顧客体験が非常に重要です。従来のように、R&D、商品企画、マーケティング、営業・販売、アフターサービスと各部門がばらばらに動いていると、誰が顧客体験に責任を持つのかわからない。ですから、組織や機能そのものを変えなくてはなりません。
國領 工業化社会では、いい商品を大量生産して、マスマーケティングによって売り切るビジネスモデルでした。一方、サイバー文明社会では顧客とのエンゲージメントをどう高めていくかが重要で、愛着を持って長く使ってもらい、「これは自分の商品だ」という感覚を抱いてくれるような継続的な関係性をつくっていかないといけない。
私は、ファンコミュニティを運営するクオンという会社の社外取締役をしているのですが、コミュニティで提案したことが実際に製品に反映されるとファンのエンゲージメントが非常に高まることがわかっています。
また、これまでは商品の所有権を顧客に販売した時点でタッチポイントを失い、その後の顧客体験をトレースすることができませんでした。しかし、デジタルが組み込まれた製品ではユーザーの使用状況、そこから生まれる顧客体験がトレーサブル(追跡可能)になり、顧客との接点を持ち続けることができます。ですから、利用してもらいながら価値を高めていくビジネスモデルを前提に、組織や業務プロセスを組み直す必要があります。