売り手側は、この研究結果からどのような教訓を引き出すべきか。消費者にいますぐ購入するように促したければ、大幅な値下げを1回行うか、小幅の値上げを繰り返すのが有効だということになる。
売り手としては、時間をかけて少しずつ値下げしていきたいという誘惑に駆られやすいかもしれないが、筆者らのデータからは、逆効果になることが示されている。消費者は「今後も値下がりが続く」と予想して、買い控えをしやすいのだ。しかし、1度だけ大きく値下がりした場合は、近い将来に価格が元に戻ってしまう、つまり価格が大きく上昇するのではないかと考えて、消費者は「いますぐ買おう」と考える。
同様に、1度だけ大幅な値上げを行うと、消費者はやがて価格が元に戻るだろうと予想して、購入を控える。それに対して、消費者にそっぽを向かれない範囲で、小幅な値上げを繰り返せば、消費者は「今後も値上がりが続く」と予想して「値上がり前に買おう」と考える可能性が高い。
一方、筆者らの研究結果は、買い手側が賢い選択を行う助けにもなる。いつ買うべきか、そもそも買うべきかどうかを判断する材料になるのだ。
人はどうしても、ある程度の期間続いてきた傾向は今後も継続し、1度の大きな変化はやがて元の状態に戻るものと思い込む傾向がある。これはあらゆる非合理なバイアスにいえることだが、自分がそのような思い込みに陥りやすいことを自覚すれば、実際に行動を起こす前に、自身の想定が正しいか否かを再検討することができる。
消費者は、根拠のない予想によって過度に判断を左右されることを避け、価格変化の背景にある要因について、もう少し詳しく調べるほうが得策といえるだろう。
たとえば、毎年11月の感謝祭翌日の「ブラックフライデー」に行われる大規模な安売りのように、事前に予想可能な1度限りの出来事が価格に及ぼす影響は、ロシアによるウクライナ侵攻といった地政学上の出来事や、急激な物価上昇といったマクロ経済のトレンドが価格に及ぼす影響とは異なる可能性が高い。
買い手は、長期にわたる価格推移や市場全体での典型的な価格帯を知ることで、目先の価格変化によって判断を左右されすぎることを避けることができるだろう。また、自分がその商品をどれくらい切実に必要としているのか、今後の価格上昇リスクをどれくらい許容できるのかを考えることは、常に好ましい姿勢といえる。検討の結果次第では、価格が下がるかどうか、様子を見るのが賢明な場合もあるかもしれない。
当然ながら、消費者の購入判断と売り手の価格設定の判断に影響を及ぼす要因は、数え切れないほどある。それでも、将来の価格がどうなるかという予想がそれらの意思決定に大きな影響を及ぼすということを、買い手側も売り手側も認識しておくことが重要だ。
今日の世界では、小売業者のプラットフォームやサードパーティの価格追跡サービスを通じて、これまでの価格推移に関するデータを入手しやすくなっている。このような時代にあっては、売り手も買い手も、それらの情報が意思決定に及ぼす影響を頭に入れておくべきだろう。過去の価格変化の方向と頻度に関する情報は、今後の価格変化に関する人々の予想に影響を及ぼし、いま購入すべきかどうかの判断を左右するのだ。
"Research; How Price Changes Influence Consumers' Buying Decisions," HBR.org, January 20, 2023.