防御
マジョリティグループの人々は、自分たちの地位が脅かされていると感じると、現状を正当化することによって、その地位を守ろうとするかもしれない。現状を守ることで、自分たちのグループにとって有害になりそうな変化を防ぐことができる。
たとえば、グーグルではある男性従業員がDEI研修に対し、技術部門の男女差は差別の結果ではなく「非バイアス的な理由」によるものだと主張するメモを書いた。その中で彼は、出生前にテストステロンにさらされる生物学的な性差、人と物に対する興味の違い、外向性と神経症的傾向のレベルなどの理由を強調した。このメモは、既存の不平等は生物学的な差異に基づくものだから正当であると主張している点が、典型的な「防御」だといえる。
組織のリーダーは、不平等に関する証拠を示して防御に対処しようとする前に、地位に対する脅威を軽減するように努める必要がある。それをせずに証拠を示しても、抵抗を煽る可能性が高い。地位の脅威に対処する際は、DEIの取り組みの「ウイン・ウイン」の側面を強調する。特に、ダイバーシティの向上が事業の長期的成長を促進し、すべての人にとって機会を増やすことができる点を重視する(こうした費用対効果の観点は、ダイバーシティの「ビジネスケース」とも呼ばれる)。
このようなビジネス面からの正当化は、組織の規範的なステートメントに盛り込むと問題が生じやすいという指摘もあるが、ゼロサム思考から切り替えるように促すことは、地位の脅威に対処するうえで効果的になりうる。さらに、DEIの方針の中には、すべてのグループの視点や経験を尊重するように構築されたものもある。こうした包括的な多文化主義を打ち出すと、マジョリティグループの人々は、自分たちの価値観や利益がないがしろにされていないと感じることができる。
否定
DEIの取り組みに対して、不公平やバイアスを矮小化しようとしたり、その存在を完全に否定したりする人もいる。ロレアルで行われたダイバーシティ研修後のフィードバック調査では、「そもそも私たちは従業員を誰一人差別していないのだから、なぜこのようなセッションに参加しなければならないのか、私は理解できません」というコメントがあった。否定は、基本的に、マジョリティグループの人々が地位の脅威と利益の脅威を経験した時に生じる。
したがって、否定に対処する際は、地位の脅威と利益の脅威の両方を考慮しなければならない。地位の脅威については、前述の通り、DEIはゼロサムゲームであるという認識を和らげることが重要だ。
一方、利益の脅威には、自己肯定に注目した戦略が必要になる。彼らが個人的に大切にしている特徴や価値観、実績は何か、なぜそれが重要なのか、それを自分の人生でどのように表現しているかを、あらためて考えるように促すのだ。たとえば、忠誠心や友情を特に大切にする人は、友人を助けるために個人的な犠牲を払った場面を思い出すかもしれない。
自己肯定は、自分自身への評価を肯定的に保つ効果があり、脅威と感じる情報を受け入れるようになる。DEIの文脈では、自己肯定感を高めることによって、現状を否定する人が、いまも続いている差別の証拠を受け入れやすくなるだろう。否定する人がいると、不平等が発生している明らかな証拠を突きつけたくなるかもしれないが、最初に自己肯定を促すことによって、彼らがそうした情報に心を開きやすくなる。
そこで、ダイバーシティのトレーニングの必要性を説明するミーティングでは、最初に問題の深刻さに関する統計を示すのではなく、自分を振り返って肯定するためのエクササイズに参加させたり、組織や従業員のポジティブな点を強調して肯定感を与えたりすることから始めてみよう。そのうえで、取り組むべき問題を議論するのだ。
距離を置く
恵まれたグループの人々は、差別や不平等が存在することは認めるが、自分にはバイアスはなく、差別の恩恵を受けたこともないと主張して、個人として問題から距離を置こうとする場合がある。こうした反応は、利益の脅威と道徳の脅威によって生じる。彼らはDEIを個人の問題として考えたがり、自分をグループから切り離して、バイアスや特権から利益を得てきたという非難から自分を守ろうとする。
たとえば、スペンサー・オーエンズ・アンド・カンパニー(
距離を置くという行為が起こる要因の一つは利益の脅威である。利益の脅威を克服するには、自己肯定の戦略が有効だ。一方、道徳の脅威に対する最善の戦略は、DEIの取り組みをとらえ直すことだ。つまり、人々が自分の道徳的な理想を表現することによって、道徳的な立場を修正するというものだ。
たとえば、DEIの取り組みを、マジョリティグループの人々が守るべき義務としてではなく、公平や平等など普遍的な理想を表現する方法として提示する。すると、プログラムへの支持が高まることがわかっている。そこで、DEIの取り組みについて、マジョリティグループの人々が普遍的な道徳的原則へのコミットメントを示す機会を提供する。あるいは、マジョリティグループが差別や特権と機械的に結びつけられることがないようにするためのものだと強調することもできるだろう。
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マジョリティ・グループの人々がDEIの取り組みに抵抗する大きな理由は、それが自分たちに対する脅威だと感じるからだ。彼らの抵抗を乗り越えるためには、まず、彼らがどのような脅威(一般に、地位の脅威、利益の脅威、道徳的脅威がある)を抱いているのかを見極めて、どのような抵抗(一般に、否定、防御、距離を置くことがある)をしているのかを判断する。こうした力学を理解し、それぞれの抵抗に対して的確な戦略を採用することによって、あなたの組織でもDEIの取り組みをスムーズに進めることができるだろう。
"To Overcome Resistance to DEI, Understand What's Driving It," HBR.org, March 01, 2023.