リードは量ではなく質

 営業の責任者に収益を2倍にするために必要なものは何かと尋ねたら、ほとんどの人が「リード(見込み客)の量を2倍にして、彼らに連絡する人の数を2倍にする」と答えるだろう。これはリードと契約成立の間に直線的な関係があることを前提としている。

 しかし、SaaSは相互に関連したシステムとして機能する。リードの獲得と絞り込みは、プロセス全体を通じてコンバージョン(顧客転換)率とリテンション(維持)率に複合的に影響する。関連性の高いリードの数のわずかな差が、年間経常収益(ARR)の大きな違いにつながるのだ。

 SaaSバブル崩壊の教訓の一つは、この雪だるま効果が、サブスクリプションモデルが加速する時も減速する時も適用されるということだ。アーネスト・ヘミングウェイの小説のある登場人物が、なぜ破産したのかと聞かれて「最初は少しずつ、そしていっきに」と答えるようなものである。

 サブスクリプションでは、リードジェネレーションの考え方を「量より質」に変えることが重要になる。その理由の一つは、これまでリードを生んでいた有料検索などのオンラインマーケティング手段が、ますます混沌として高価になり、収益を減少させる主な領域になっているからだ。

 たとえば、グーグル広告経由のリード獲得単価の平均は、2021年に約20%、2022年にはさらに19%上昇している。エンタテインメントや旅行、日用品などの分野ではさらに上昇している。一方、コンバージョン率は2022年に約14%低下しており、媒体がひしめく中、数年連続で落ち込んでいる。CMO(最高マーケティング責任者)の間で最近、こんなジョークが流行っている。「死体を埋めるのに最も適した場所はどこか。それは検索エンジンの2ページ目だ。なぜなら、誰も行かないのだから」

 リードの質を重視する、より根本的な理由は、所有モデルからサブスクリプションモデルへの移行に伴い、リスクが買い手から売り手に移行することだ。前払いによる購入では、インストール、統合、利用価値の抽出に伴うリスクの大部分を、購入者が引き受ける。一方、サブスクリプションでは売り手がインフラを構築し、ソフトウェアを開発して、サービスを提供する。

 また、月次または四半期ごとに収益が細分化されて発生するため、多くのサブスクリプションビジネスは顧客獲得コストを回収するのに何カ月もかかり、収益性の高いビジネスを維持するためには年次更新が必要になる。このような状況では、リードの「誤検出」のコストが膨大になるため、早い段階で適切な顧客を特定する必要がある。

 企業は自動化ツールを使って、テンプレート化されたメールを大量に送ることができるようになった。「こんにちは、<顧客のファーストネーム>さん。<会社名>の<肩書き>として、あなたは<問題の概要>を経験しているはずです」。このようなアプローチは、多くの誤検出を生むだけではない。顧客の問題や解決策は静的なものではなく、動的な変数なのだ。

 たとえば、ある製薬会社はパンデミック下で、販売担当者が医療従事者と対話するためのオンライン会議ソフトを購入した。その後、販売担当者が安全に病院や医師のオフィスを訪ねることができるようになり、関連性のあるインパクトは「リモート」から「より迅速な対応」へ変化している。「相談したいことがあります。あなたのところで、この分野の専門家につないでもらえますか」といったニーズだ。

サービスだけでなくカスタマーサクセスを提供する

 サブスクリプションモデルでは、経常的なインパクトの結果として経常的な収益が発生し、顧客のライフサイクルを通じてサービスが重要なカギとなる。マーケティングの参考として提供したコンテンツに反応して、見込み客がウェブサイトを訪れ、追加の情報をクリックするかもしれない。試用版として販売されている製品は、試用期間に提供するサービスが重要になる。

 大半のサブスクリプションサービスは、関連性のある利用を促して、その効果を目に見えるものにする。そして、サービスの利用は、顧客獲得段階でのデモや仮想的なROI(投資利益率)ではなく、オンボーディングのプロセスに最も影響を受ける。

 これは、従来の販売モデルにおけるサービスの役割である、注文履行や問題解決とは異なる。SaaS企業の中には、サービス担当グループをカスタマーサクセス(CS)チームという名前で呼ぶところもある。CSは、セールスの成立、顧客のオンボーディング、製品の継続的なインパクトを追跡するビジネスレビュー、顧客ライフサイクルの拡大フェーズにとって不可欠なのだ。

 スラックのようなアプリのCSは、一対一やチームの会話の回数、共有されたコンテンツの量や種類などを詳細に記録した月次リポートを提供している。このような資料は、顧客に対しては、分散して拡大しているユーザーコミュニティが持つ価値を可視化し、CSに対しては、継続的なインパクトと収益を支える利用状況に関するデータを提供する。

 逆に言えば、SaaSバブル崩壊の一因は、CSを見誤ったことにある。需要が低迷してコスト削減の必要性が生じた時に、CS担当者を解雇することは、多くの経営者にとって「簡単な」決断のように思える。「結局のところ、顧客はすでに獲得しているのだから」と。しかし、CSは少なくとも2つの方法で収益に影響を及ぼし、これらの要素が組み合わさると、CS担当者の数を減らすことによるコスト削減より大きな効果をもたらす。

1. 顧客生涯価値(LTV)がサブスクリプション期間の長さと高い相関関係にあるビジネスモデルでは、解約を減らすことが重要になる。サブスクリプションモデルでは、1~2カ月でも顧客維持率を高めることが、LTVに極めて大きな影響を与える。

2. 契約の更新、アップセル、社内や世帯内でのクロスセルの可能性を通じて、利用料の増加や利用の拡大を、新規顧客獲得に比べて少ないコストで実現する。

 これは指標や販売管理にも影響を与える。サブスクリプションモデルにおいて、売上維持率(NRR:月初の収益+アップセルによる収益増-ダウンセルによる収益源/月初の収益)は、新規獲得顧客数の伸びより優れた指標になる。NRRはアップグレードや追加サービス、ユーザー数の増加だけでなく、ダウングレード、ユーザー数の減少、顧客ベースの解約など、関連する経済性を反映しているからだ。

 同じように、営業部門のリーダーは、スタッフを「ハンター」(新規顧客獲得が得意)か「ファーマー」(インストール後の顧客に対するアカウントマネジメント)かに分類したがる。しかし、サブスクリプションモデルでは、これらの役割の区別は曖昧で、非営業グループとの部門を横断した連携が必要であり、営業のリーダーはこの現実に対処するために採用基準やKPI(重要業績評価指標)を見直す必要がある。

 テクノロジーと「モノのインターネット」により、サブスクリプションサービスは、ソフトウェアとはかけ離れた分野の企業において大きなチャンスになっている。「予測可能な収益」という言葉も流行っているが、それだけで経営が成り立つビジネスモデルはない。この分野の先駆者たちから、インサイトと失敗の両方を学ぼう。


"The Rebirth of Software as a Service," HBR.org, April 18, 2023.