サブスクリプションビジネスの成長を持続させる3つの原則
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サマリー:近年、サブスクリプション型のSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)は、最も急成長しているビジネスモデルだったが、SaaSキャピタルインデックス(SaaS資本指数)は2021年にピークを迎えて数カ月後に暴落し、20... もっと見る22年末にはベンチャーキャピタルからの調達額が10年間で最低となった。本稿ではサブスクリプションモデルがなぜ成長したのか、なぜハイテク分野で急減速したのかを解説し、その教訓から得られた持続可能な成長に欠かせない3つの原則を紹介する。 閉じる

なぜサブスクリプションビジネスは急減速したのか

 近年、サブスクリプション型のSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)は、技術系の起業家や投資家にとって最も急成長しているビジネスモデルだった。しかし、SaaSキャピタルインデックス(SaaS資本指数)は2021年にピークを迎え、数カ月後に暴落。2022年末にはベンチャーキャピタルからの調達額が10年間で最低となった

 この隆盛と下落の理由は適切に分析されてこなかったが、この分析結果には、企業の成長戦略においてサブスクリプションモデルが重要な部分を占めるほかのビジネスにとっても、重大な教訓が含まれている。

 サブスクリプションビジネスは2012~18年に300%以上と、S&P500企業の収益の約5倍のペースで成長した。新型コロナウイルス感染症のパンデミックが収束すると、中心的な製品ラインにサブスクリプションを追加するよう顧客に勧めるSaaS企業が増えて、SaaSは高所得層向けの市場へ移行している。

 本稿ではサブスクリプションモデルがなぜ成長したのか、なぜハイテク分野で急減速したのか、そしてそのアプローチによる成長の教訓について説明する。

SaaSの歴史

 SaaSの成長には、供給側と需要側の両方の理由がある。クラウド技術によって、企業は低価格でソフトウェアのサブスクリプションを提供できるようになった。その多くは「フリーミアム」(基本的なサービスや製品を無料で提供するフリー+高度なサービスや製品を有料で提供するプレミアム)の価格アプローチを採用しており、低コストの顧客獲得モデルを必要としていた。

 SaaSのモデルは営業担当者が若くて経験も浅く、従来のエンタープライズソフトウェアのモデルに比べて、雇用や報酬のコストを低く抑えることができた。また、(見込み客に非対面で営業を行う)インサイドセールスは営業担当者が直接、訪問しないため、旅費や交際費、管理費も抑えられた。

 これが可能だったのは、数年前からデジタルマーケティングがリードジェネレーション(見込み客を獲得するための活動)において費用対効果の高い手法になっており、その核となる価値提案が、未経験の営業担当者に求められるタスクを簡略化したからだ。「御社はいま、技術ソリューションに100万~200万ドルを払っています。同じ機能を持つ月額1000~2000ドルのデモ製品はいかがですか」というわけだ。

 需要側では、顧客が供給業者とのリモートのやり取りに慣れてきて、販売前の検索体験やオンラインデモがこうした購買アプローチを後押しした。一方、低金利と潤沢に投資資金を得られる時代が長く続いたため、このアプローチに特有の「ランド・アンド・エクスパンドの経済性」(無料や小規模の導入で顧客と関係性を築いてから、大規模な導入や販売を提案する戦略)のおかげで、多くのSaaS企業が短期的な収益性を気にせずに成長することができた。さらにパンデミックの影響で、オンラインの交流が必然的に増えて、多くのサブスクリプション型企業の成長が一時的に高まった。

 在宅フィットネス機器を手掛けるペロトン・インタラクティブは、そのよい例だ。2020年、パンデミックが最も深刻になり、サブスクリプション型フィットネスサービスの成長が最盛期を迎えた頃、同社の評価額は500億ドルに達した。創業メンバーで当時CEOを務めていたジョン・フォーリーは、「非常に大きな機会」だと強調し、「『新型コロナ後の新しい標準』と言われても、どのようなものか誰も知らない」と語った。

 それから2年足らずでフォーリーはCEOの座を追われ、同社の評価額は2020年の10分の1以下に急落。レイオフを繰り返し、2022年には「バランスシートの強化のために」7億5000万ドルの融資が必要になった。もっとも、ペロトンだけでない。ショッピファイ、ドキュサイン、セールスフォース・ドットコムなど、サブスクリプションモデルに依存していた企業も、パンデミックの最中に同じような企業評価の低下、レイオフ、成長予測の修正を突きつけられた。

 こうして2022年に「SaaSバブルの崩壊」が起きた。金利上昇と資本コストの上昇によって加速した現象は、もう一つある。投資家の志向が、収益性を無視した「拡張性のある」成長から、サブスクリプションモデルのより永続的な推進力に基づく「持続可能な」成長へと変化したことだ。

持続可能な成長のための原則

 サブスクリプションサービスという収益モデルは、限界を迎えたわけではない。実際、このモデルの核となる力学を理解し、SaaSバブル崩壊の教訓を踏まえれば、このモデルの最盛期はすぐにやってくるだろう。まず、以下の原則を考えることから始めてみてほしい。

「ファネル」ではなく「蝶ネクタイ」

 従来の営業モデルは、顧客獲得と「ファネル」(漏斗)または「パイプライン」を重視する。ただし、顧客のライフサイクルがファネルではなく蝶ネクタイのように見える経常収益のビジネスには、このアプローチはうまく当てはまらない。

 サブスクリプションモデルでは、収益の大半はマーケティングファネル(見込み客が製品やサービスを認知してから購入や利用に至るまでのプロセス)の外で生じる。歴史的に、多くのB2B市場は、初期費用が高額な製品と、十分に大きな予算を持つ買い手を重視する事業開発文化を軸に構築されてきた。1960年代にIBMが開発した営業手法の頭文字を取ったBANT(Budget<予算>、Authority<決定権>、Need<ニーズ>、Timing<タイミング>)が、買い手の年間資本支出予算を意味するBudgetの「B」から始まるのは偶然ではない。

 しかし、ほとんどのSaaSサービスは、買い手の事業予算内に収まることと、そのサービスが提供するインパクトの優先順位に応じて購入される。顧客にとって大きな支出は、そのサービスに費やす従業員の人件費であり、多くの場合、購入価格の何倍にもなる。そのためライフサイクルのフレームワークでは、「受注成立」ではなく「コミット」と記す。

 この点は、一方で、売り手の価格設定に影響を及ぼす。インパクトを伝えるということは、価格と顧客価値の関連する単位を結びつけることになるからだ。顧客関係管理ツールを提供するハブスポットは当初、月額料金を設定していたが、顧客のデータベースのコンタクト数と価格を結びつけるようになった。顧客のデータベースが拡充するにつれて、サービスの価値が高まり、インパクトに基づく価格戦略でその成功を共有できるようになったのだ。

 サブスクリプションビジネスの種類によって、価格に結びつける単位は異なる。フィンテック企業は基本的に、取引ごとに手数料を課す。金融取引の利用は一時的なもので、ハブスポットのように顧客のマーケティングや営業の一環に組み込まれない場合が多い。付属サービスと合わせて提供する機能に基づいて、価格を設定するサブスクリプション企業もある。しかし、どのような場合でも、関連する価値の単位は販売方法と販売先に影響を与える。