心理的安全性を築く「勝利の方程式」
幸い、エイミーはずいぶん前に、心理的安全性を築く「勝利の方程式」を開発した。すなわち、発言する根拠を明確にして、的を絞って発言を促し、罰則を(なくさないまでも)減らして、報酬を増やすのだ。この「勝利の方程式」を職場で実践する方法をいくつか紹介する。
根拠を明確にする
従業員一人ひとりの貢献がなぜ必要なのか、遠い将来のためだけでなく、いまこの時も必要であることを説明する。発言を促すための議論と、戦略やマーケティング、R&D、オペレーション、財務などに関する会話を切り離して考えてはいけない。これらのビジネス活動と、従業員が声を上げることの間に関連性を持たせることは、エンゲージメントの動機付けにおいて不可欠である。
たとえば、新規顧客の獲得には、チームのメンバー一人ひとりの大胆なアイデアや異なる視点が必要であることや、自社の開発者がよりよい製品をつくるために、強みと弱みに関する厳密で協調的な評価が必要であることを説明する。
コスト削減を重視する場面でも、失敗から学んで現状に異議を唱えることが、やはり重要である理由を説明する。これらの行動は、雇用が失われる見込みが高い場合は、特に危険だと感じるだろう。たとえば、製造ラインの問題を明らかにすることによって工場閉鎖の可能性が高まるだろうと従業員は恐れるかもしれないが、実際は工場の将来を確実なものにするために必要な指摘かもしれない。あるいは、イニシアティブを示す人や批判的な思考を持つ人の貢献が評価されることを、従業員に伝える。
筆者らの経験では、このような新しい考え方を従業員が自分のものにするまでには、何回も繰り返し、さまざまな形でコミュニケーションを取る必要がある。根拠を明確にすることによって、声を上げることが個人や組織にとって、なぜそしてどのように利益をもたらすかを伝えることができる。この論理を明確にして、繰り返し実践する。
的を絞って発言を促す
多くのマネジャーは、漠然と意見を募集すれば足りると考えている。しかし、そうではない。たとえば、オフィスの「オープン・ドア・ポリシー」や、Teamsで「いつでも」対話ができると言うマネジャーは数え切れないほどいる。その一方で彼らは、従業員から率直でタイムリーな意見が得られないとも語っている。
経営陣と従業員が直接対話するタウンホールミーティング、リスニングツアー(聞き取りのための巡回)、スラックのチャンネル活用、カルチャー調査などを実施したなら、それらが機能していることを確認するための努力とフォローアップが必要だ。それがなければ、実際に起きていることの重要な側面を見逃したり、ある問題に対して特に熱心な従業員からしか意見を聞かないといったリスクが生じる。
効果的に声を上げるにはどうすればいいか、何について発言するのか、従業員に具体的な指針を提供する。直接的な質問を投げかけて、彼らの見解を聞こう。タウンホールを開催する際は、意見を求めるテーマについて参加者に事前に明示する。
あるいは、月1回、直属の部下と一対一の面談を行い、「私(リーダー)が知っておくべきだが、まだ知らないことは何か」「あなたがリスクを取ることを、よりサポートするにはどうすればいいか」という2点に絞って話をする。計画的な発言の誘導は、複雑である必要はない。明確で的を射たものでなければならないのだ。
罰則をなくす
人は常に自分の環境を監視している。従業員は意識的にも無意識にも、リスクを取った後に見られるボディランゲージや言葉遣い、行動に注目している。数十年間の社会科学の研究からわかっているように、人間の行動を強化する力は、よいことより悪いことのほうが強い。
したがって、従業員が声を上げることによって生じるマイナスの影響をリーダーが注意深く観察して、そのようなことが生じたら速やかに修正する。上司であるあなたの反応には大きな意味がある。問題に直面しても、オープンであることと従業員への感謝を伝えるために、あなた自身が表情や振る舞いに気をつけて調整することが重要だ。悪い知らせに動揺するなど、失敗した時は(誰にでもあることだ)すぐに謝罪する。
必要ならコーチに依頼して、あなたの対応を手助けしてもらおう。あなたの目標は、声を上げる人に対する非難や嘲笑、軽視を、体制から排除することだ。そのためには個人やチームでトレーニングをして、スキルを高める必要があるかもしれない。ロールプレーやシミュレーションによる練習も有効だろう。
報酬を積み重ねる
声を上げることのマイナス面を減らすだけでなく、プラス面を増やすことも必要である。まずは、感謝の気持ちを表す指標を増やすことから始めよう。発言は高潔な行為である。自分に害が及ぶだろうと感じながら、集団にとって利益になることをしようというのだ。だからこそ、公に、個人的に、頻繁に、そして誠意を持って、彼らに感謝を示す。
「なぜ自分に課された仕事をした人に、お礼を言わなければならないのか」。そのような不満を漏らす管理職には、筆者らは次のように問い返す。「それは本当に彼らの仕事の一部なのでしょうか」
率直に声を上げることは、査定や報酬、ボーナス、昇進に反映されるだろうか。間違いを早期に発見し、健全な対立をもたらし、包括的な感覚を生み出すような率直な会話をすることで、チームとして称賛されるだろうか。そうだと断言できないなら、パフォーマンスのマネジメントのあり方を見直す格好の機会だ。従業員に求めることと、報酬を与える対象になることを一致させることは、エンゲージメントにとって重要であり、互いに責任を持つことになる。
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意外に思えるかもしれないが、このような厳しい時代だからこそ、組織の心理的安全性を高める絶好の機会だ。不確実性の高い時代に、平時と同じように仕事をするのは誤ったアプローチである。必要なのは創造性と実験、学習、柔軟性だが、従業員にとって、これらのことはかつてないほどリスクが高いと感じられるかもしれない。
リーダーは、従業員のアイデアや視点、才能、洞察力などの貢献に支えられている。つまり、従業員の力を最大限に引き出して、待ち受ける課題に取り組むために、リーダーは心理的安全性を確保しなければならない。
"Make It Safe for Employees to Speak Up - Especially in Risky Times," HBR.org, April 25, 2023.