全員を参加させる

 次のターゲットはアンバサダー以外の人々、特に、支店やコールセンター、営業チームなど、銀行の顧客体験を大きく左右する職場で働く人々だ。私たちは基礎講座として「データ101プログラム」を設計し、データクリエイターおよびカスタマーとしての役割を説明し、データの品質があらゆるレベルで銀行の成功に与える影響を強調した。

 興味深いことに、これらの役割を担う人々は、銀行の最も重要なデータの多くを作成しているにもかかわらず、その理由をまったく理解していなかった。データそのものは、彼らにとって最も縁遠いものだった。最後にアル=オワイシュは、すべての入社時研修に「データ101」が含まれるよう働きかけた。

 データの品質向上が起点となって、自分たちの仕事の範囲が広がることを各人が理解すると、多くの銀行で行われている「ただ売ればよい」というアプローチよりも、この手法が刺激的ものであることが明らかになった。たとえば、ダイレクトセールスの責任者のファード・アル=ラファエイはトレーニングの後にアル=オワイシュを探し出して、データ101が自分の考え方をいかに変えたかを話した。契約成立後、新しい口座を開設する際に、自分が使用しないデータも銀行内のデータカスタマーにとって必要であることを理解したので、十分に注意を払うようになったのだ。

 ほかにも、データ品質の重要性を知ってから、データクリエイターとしての責任を真剣に考えるようになったという、似たようなフィードバックがあった。自分の仕事が銀行全体の成功につながっていると実感するようになったのだ。こうした小さなステップをいくつも地道に重ねていくことで、誰もがより多くの、より信頼できるデータを顧客体験に活用できるようになる。

イノベーションを前面に出す

 「エンパワーメント」とは美しいものだ。予想通り、銀行のさまざまな人がアンバサダーと協力して、測定を行い、データのクリーンアップに照準を合わせ、間違いの根本的な原因を排除するようになった。そして、組織的な変化として、アンバサダーと一般社員がトレーニングで提供された手法やツールを新しい形に置き換えるなど、みずからイノベーションを起こすようになった。

 たとえば、2人のアンバサダーが力を合わせてマネーロンダリングを防止するモデルを改善し、支店での顧客体験を向上させると同時に、リスクと運用コストを削減した。2023年初めにアル=オワイシュと彼女のチームは、ガルフ・バンクで初めての「イノベーション・トーナメント」を開催した。数百人が参加し、エンゲージメントとエンパワーメントが根づきつつあることを確信できた。

 前述の通り、ガルフ・バンクにデータ文化が完全に定着したと主張するには、2年では早すぎる。まだ多くの問題が生じるだろう。

 さらに、アル=オワイシュとガルフ・バンクは、AI、共有言語、データドリブンのイノベーション、データサプライチェーンの管理、収益化など、より大きな計画を見据えている。これらの取り組みの多くは、ビッグデータ、高度な技術、高度な学位を持つ専門家、そしてアンバサダーなどの支援が必要になる。

教訓

 言うまでもなく、優れたデータ文化を構築する方法はさまざまある。米国務省は「活性化の哲学」を採用し、1度に一つの部署に焦点を当て、集中的に取り組んでいる。AIをめぐる盛り上がりを見て、データ文化の構築を目指す組織があるかもしれない。そのような組織に対し、ガルフ・バンクの経験はいくつか重要な教訓を示している。

 既存の文化を変えるのは難しい。その過程のすべての段階で戦うことが必要ならば、さらに難しい。そこで、既存の文化が受け入れることができ、あなたが望むようなデータ文化を前進させることができるものを探すのだ。たとえば、医療に携わる人々は「より長く、より健康的な生活を送ることを支援する」ことに賛同しているかもしれない。データプログラムがその使命をどのように前進させるかを説明することで、改革のチャンスが増えるだろう。

 プロジェクトの冒頭から、新しい文化の構築を始めることが重要だ。それが主要な任務でなくても最初が肝心である。これは、支持を集めるためには短期間で成果を示すことが必要だという、従来の常識には反する。

 短期間の成果を求めると、近道を選びがちになり、人や文化をないがしろにし、プロジェクトが失敗する可能性を高める。さらに、手っ取り早い成果は、人材や文化について心配する必要がないと企業に誤解させ、将来的に失敗する下地になりかねない。それよりも、業績、構造、人材、文化を完全に取り込んだ「意義のある勝利」を目指そう。

 2つ目の教訓は、文化を変えるためには全員を巻き込む必要があるということだ。筆者らはガルフ・バンクで経営委員会、人材部門、マーケティング、コーポレート・コミュニケーションに声をかけ、全員からタイムリーなサポートを得た。

 研修は対面式で行い、それぞれのグループに合わせた内容にして、データの重要性を強調した。実際、「データ101」には20以上の種類があった。さらに、文化は言葉ではなく行動によって変わる。したがって、単に考えさせたり感じさせたりするだけでなく、何をしてもらいたいのかを明確に説明した。トレーニングで提供された課題は、人々が取り組みを始めるきっかけになった。

 3つ目は、データ品質を出発点として強く意識することだ。多くの人はデータ品質を、データに関して最も魅力のない話題だと考えている。しかし、データの品質に注目することは、全員を巻き込む素晴らしい方法であり、根本的なことでもある。質の悪いデータの上に、優れたデータプログラムを構築することはできないのだ。

 最後に、企業文化の構築には根気とは勇気が必要だ。うまくいかない日もあるだろうが、大きな目標を常に視野に入れておこう。


"What Does It Actually Take to Build a Data-Driven Culture?" HBR.org, May 23, 2023.