──規制の話も出てきていますね。この領域での規制を歓迎しますか。グーグルのような会社が、安全を確保しつつイノベーションを続けるためには、どのような規制が必要なのでしょう。

 これは極めて重要な領域ですから、規制すること、それもうまく規制することが不可欠だと思います。重要なのはバランスです。あるテクノロジーがまだ初期段階にあって、さらなるR&Dが必要な場合、それを促進しつつ、きちんとした安全措置を講じる必要があります。

 ですから、規制が重要な役割を果たすでしょう。少なくとも米国の場合、AIのためにもなる最も重要な規制は、個人情報の保護を強化することだと思います。この領域では、米国はまだ遅れています。国レベルの個人情報保護法があれば、それに基づきAIを構築できる。多くの領域と同じように、AIも当然規制されるべきだと思います。

 たとえばヘルスケアの分野では、さまざまなシステムを構築するに当たり、多くの規制をクリアしなくてはいけません。AIもその対象に含めることができると思います。政府当局が開発中のモデルを検証して、幅広く使用しても安全だと認証を与える枠組みをつくるのもよいのではないかと思います。

 そうした規制は、少しずつ強化されていく形になるでしょう。ただ、まずは政府の力を強化して、適切な監督体制を構築することが重要だと思います。そして少しずつ要件を強化する。あまりに煩雑な規制にしないことも重要です。大企業ならそれでも対応できるかもしれませんが、スタートアップやオープンソース・コミュニティではイノベーションが止まってしまいます。

 このバランスを取るのは難しいでしょう。私ならまず、この領域で官民の交流を拡大して、関係者のつながりを強化することから始めます。その上で、立法作業に入る。マルチステークホルダープロセス(MSP)が必要になると思います。

──これは読者からの質問なのですが、企業は生成AIを取り入れるに当たり、非テクノロジー職の従業員の訓練や適応にどのように取り組むべきでしょうか。

 よい質問ですね。どの組織もユースケースを明確にして、自社の仕事の流れに合わせて活用していくことが重要だと思います。私たちは「ファインチューニング」(微調整)と呼んでいるのですが、基礎となるAIモデルを、自社の事業環境やデータに合わせて微調整すると、非常に優れた働きをするようになることがわかっています。組織にあった使い方が重要なのです。

 グーグルのプロダクトで言えば、Google DocsやGoogle Slides、Google Sheetsといった仕事用ツールに組み込むだけでもよいでしょう。そうすると、AIアシスタントとコラボレーションしながら仕事をするとはどういうことかが、あなたの会社の従業員にもわかってくるでしょう。従業員の適応を図るには、こうした意識改革に力を入れることが大切だと思います。私なら、そこから始めるでしょうね。

 どのような組織でも、生成AIを導入するとどのような領域を変革できるのか、上層部が率先して考えることが重要だと思います。私自身、非常にワクワクしています。

 2023年6月初め、ファストフードのウェンディーズ・ファーストキッチンが、ドライブスルーで生成AIを活用することを発表しました。利用客の音声による注文を処理するものです。意外にも、注文の方法は実に人それぞれなので、AIシステムを使うことで効率化を図ろうとしているのです。これは生成AIを使って顧客を喜ばせる試みであると同時に、従業員をAIに慣れさせる試みとも言えるでしょう。このようにAIの活用方法は無限に考えられると思います。まだ始まったたばかりです。

──「なるほど。しかし、うちの会社でどう使うべきかわからない」と言う経営者は、どこから始めればよいのでしょう。

 最近は多くの企業がクラウドサービスを利用していますから、そのプロバイダーに相談するとよいでしょう。できればグーグルがよいでしょう(笑)。どのサービスも、生成AIツールやソリューションを用意していますから、相談すれば顧客にあった使い方を提案してくれるはずです。それを試験的に利用してみるとよいでしょう。

 みんな、最初にどう使おうか考え過ぎている気がしますね。重要なのは、とりあえず4つか5つのパイロットプログラムを実施してみることです。社内から生成AIを活用できる部分について、アイデアを募るのもよいでしょう。そうすれば組織で具体的な導入案を考えることができます。筋トレで自分の体に動きを記憶させるようなものです。そうすると組織の文化も変わってくるでしょう。ですから、チームやリーダーに、パイロットプロジェクトをやってみるよう呼びかけることが大切だと思います。

──話は変わりますが、グーグルをはじめテクノロジー企業は、ここ数カ月、大掛かりな人員削減や経費削減を進めていますよね。この不況はどのくらい深刻だと予想していますか。この時期をどのようにしのぎ、嵐が去った時、より強く立ち上がろうと考えていますか。

 コロナ禍にはじまり、ウクライナ戦争、利上げなど、国際情勢の影響もあり米国経済全体が多くのショックを受けています。このような厳しい経営環境の時は、適切な適応措置を取ることが、ほとんどの組織にとって正しいことだと思います。

 グーグルでは、主に2つの考え方に基づき、この嵐を乗り切る努力をしてきました。まず、イノベーションを促進する長期的な方針を維持することです。長い目で見ると、これをきっちりやるかどうかが、将来の生き残りを決めることになると思います。グーグルは、AIという転換点に当たり、R&Dへの投資を続けて、AIに必要な長期的なイノベーションを推進することを重視しています。むしろ、このような時期はR&D投資を拡大することが極めて重要だと、私は考えています。それがこの時期を乗り切る戦略の一つです。

 第2に、第1のポイントを成功させるために、物事の優先順位をきちんとつけて取捨選択をしなければいけないと考えています。したがって、会社として事業の焦点を絞り、効率化を図り、必要ならば厳しい決断を下し、それを継続的に実行すれば、長期にわたる成長を実現できるでしょう。そのバランスを取るのは容易ではありません。

 グーグルでも、この時期を利用して、長期的な投資と、そのためのトレードオフをうまくやる努力をしています。いまは何が大切かを見極めるチャンスでもあります。多くの制約があることが、かえって明晰性を高めてくれるのです。ですから、本当に大切なことを見極めて、そこに組織を集中させています。

──あなたは世界でも指折りの認知度を誇るブランドのCEOですが、ある意味で昔とはルールが異なる時代にトップを務めています。昨今のCEOは会社経営だけでなく、ソーシャルメディアなどでも幅広いプレゼンスを保ち、社会問題について立場を表明したり、従業員の不満に世間の注目が集まる中、うまく対処することが期待されたりします。非常にやっかいな仕事です。このような経営者の役割の進化をどう考えていますか。2023年のCEOの役割はどのようなものなのでしょう。

 よい質問ですね。たしかにグーグルのCEOであることは、多くのことを意味します。世の中が進歩して、現代の企業のステークホルダーは株主や顧客だけでなく、従業員や地域社会も含むようになってきました。経営者がそうしたことを心に留めることが重要になりました。

 私のアプローチは、会社にとって本当に重要なことを見極める、というものです。それは従業員にとって重要だからかもしれないし、地域社会の一員になるために重要だからかもしれない。理由はいろいろですが、重要な価値観を中心に物事を整理して、一貫した姿勢を維持することが必要だと思います。

 幅広く手を伸ばすと、焦点が定まらなくなってしまいます。私が心がけているのは、サステナビリティであれ、人材のダイバーシティ拡大であれ、会社として大切にしている価値観を明確にし、それにコミットし続けることです。そうしていくうちに、よりよい会社になっていくのだと思います。

 もちろん、経営者としてすべてのステークホルダーを念頭に置くことは重要だと思います。また、共感を持ってそうすることが、これまで以上に重要になっていると思います。

──創業当初は、グーグルが目指していることは比較的限定的で、明確だったように思います。しかし、いまははるかに大きくなり、いろいろなことに取り組んでいます。現在のグーグルが目指していることは何でしょう。

 グーグルには昔から不朽のミッションがあります。すなわち、「世界の情報を整理して誰もが便利に利用できるようにすること」です。このミッションはいま、これまでになく今日性を帯びていると思います。そのようなミッションを掲げていることは、非常に幸運なことだと思います。

 しかも、AIによって、このミッションをさらに野心的な形で追求できるようになりました。たとえば、グーグルはあらゆる人の助けになるAIツールをつくるために、主に4つの領域にフォーカスしています。

 第1に、知識と学びを高めること。第2に、創造性と生産性を高めること。第3に、グーグルだけでなく、他の企業やNGOや政府が、みずからの組織を改善できるようにすること。そして第4に、最も重要なことかもしれませんが、これらを安全かつ責任を持って実現することです。それが私たちが目指していることであり、誰もがその恩恵を受けるようにしたいと考えています。

──ポルトガルの読者からの質問です。グーグルはさまざまなムーンショットプロジェクトを手掛けてきましたが、あなた自身が奇想天外なプロジェクトを追求する機会があるとしたら、どのようなことをしたいですか。

 いま進んでいるムーンショットプロジェクトもかなりあります。量子コンピュータに関連するものもあります。これは本当にムーンショット的なものですよね。これに関しては二つのことが言えると思います。まず、必ずしもグーグルがやるのではなく、ほかの企業の支援をするのでもよいのですが、核融合技術のようなものの実現に向けてさらに努力できるのではないかと考えています。クリーンな再生可能エネルギーを、たっぷり、しかも手頃な価格で提供できれば、あらゆる意味でゲームチェンジャーになると思います。これが、現在私たちが実現できたらよいと考えているムーンショットの一つです。

 もう一つは、私自身の人生が、コンピュータやテクノロジーが手に届くようになったことで大きく変わりました。AIがあれば、世界中どこに住む誰でも、あらゆる子どもが最強のAI家庭教師を利用することができます。どのようなトピックにも応じられる家庭教師です。これはムーンショットと言えるでしょう。もちろん、そのためには現実の教師や親との協力が必要です。しかし、そのような夢が現実に近づいている。これは私が非常に楽しみにしているムーンショットです。

──素晴らしいですね。AI技術の最前線にいるあなたから貴重なお話を伺うことができました。本当にありがとうございました。

 ありがとうございます。感謝します。


"Alphabet CEO Sundar Pichai on Leadership, AI, and Big Tech," HBR.org, May 30, 2023.