導入前に実験する

 こうしたインセンティブに基づくプログラムが成功したかどうかを判断するには、対照研究が不可欠になる。辞めるべき人が辞めているか、残っている人材のモチベーションを高めることができているのか。本当のところを知るには、インセンティブを与えない対照群とインセンティブを与えた群を比較する実験が必要になる。

 筆者は最近、こうした実験を行う大手コンサルティング会社と仕事をしている。彼らのモデルは示唆に富んでいる。

 このコンサルティング会社は組織の運営について、ある大きな技術的変化の導入を決めた。そのためには、シニアレベルの従業員が新しい技術の習得に時間を投資して、仕事のやり方を大幅に変える必要があった。この機会に積極的な従業員もいれば、そうではない従業員もいたが、経営陣はその区別がつかなかった。

 経営陣も認識していたように、そうした区別が特に重要になる場面が一つある。それが、どの従業員をパートナーにするかを検討する時だ。なぜなら、昇進させる従業員を選ぶということは、その人が非常に優秀で価値があると宣言することであって、すぐに他社が彼らに興味を示し、しばしば引き抜こうとするからだ。

 会社としては、従業員を教育し、他の従業員を犠牲にしてパートナーに昇進させたのに、その知識やトレーニングを携えて他社に行ってしまうような事態は避けたい。さらに、パートナーがよい仕事をしなかったり、仕事の進め方に必要な変化を取り入れなかったりしても、解雇するのは難しい。したがって、誰をパートナーにするかを決める前に、モチベーションが最も高いのは誰かを把握したかったのだ。それができれば、トレーニングへの投資をより戦略的に、よりコスト効率よく行うことができる。

 同社は、このような状況にはペイ・トゥ・クイット戦略が最適だろうと考え、まず実験を行った。世界各地にあるオフィスの一部で、パートナーへの昇進が決まる前に自主的に退職を選んだ人に退職ボーナスを支給し、似たような条件のオフィスで退職ボーナスを支給しないところ(対照群)と比較したのだ。このプログラムを成功したと見なすためには、プログラムを実施したオフィスのリテンション(定着率)が対照群より高くなければならない。

 いまのところプログラムは成功している。退職ボーナスを支給するオフィスでは、12%近い対象者がボーナスを選択した。彼らはチームで特にパフォーマンスが悪かったわけではなく、このプログラムが必要な役割を果たしたことを示唆している。つまり、必ずしも会社に強いコミットメントを感じておらず、パートナーに昇進した後に退職する可能性のある有能な従業員を見極めることができたのだ。さらに、退職ボーナスを支給したオフィスの新しいパートナーの定着率も、対照群より高くなっている。プログラムは新型コロナウイルス感染症の感染拡大のために中断されたが、現在、会社は規模を広げて再開させる計画だ。

ペイ・トゥ・クイットの導入に当たって

 ペイ・トゥ・クイットのプログラムの導入を検討する際は、次の5つのルールに従うようにしてほしい。

1. 透明性を確保する

 プログラムの開始に当たり、その仕組みと導入を決めた理由を正確に説明する。プログラムの目的を理解した従業員は、より適切な反応を示すだろう。

2. 適切な金額を提示する

 オファーの金額は、従業員が受け入れたいと思うくらい十分な額でありながらも、多くの従業員が選ぶほど高くてはいけない。具体的な金額は会社によって異なるため、試験的に実施して、自社に最適な金額を決める。

3. 対象を選ぶ

 すべての従業員をオファーの対象としない。前述のコンサルティング会社がパートナー候補に対象を絞ったように、恩恵を受ける可能性が最も高いグループや役職を選び、その従業員に限定してオファーを提示する。

4. 期限を設定する

 プログラムは無期限であってはならない。オファーを受けるかどうかを決める期限は比較的、短くして、それ以降はオファーを受け入れることができなくなることを明示する。

5. 観察し評価する

 このプログラムは定期的に効果を測定し、必要に応じて調整しなければ成功しない。そのためには、まず長期的な目標を明確に定め、それに関する成果を観察して評価することが必要になる。

 結局のところ、ペイ・トゥ・クイットのプログラムは、企業が従業員についてより深く知るために、インセンティブの力をいかに利用できるかという有益な例になる。ただし、口で言うほど簡単ではない。従業員がどうしたいかを聞くだけでは、知りたいことはわからないかもしれない。しかし、工夫を凝らして聡明な計画を立てれば、多くのことを知ることができるだろう。


"How a 'Pay-to-Quit' Strategy Can Reveal Your Most Motivated Employees," HBR.org, May 29, 2023.