特筆すべきは、ARもVRも可能であるにもかかわらず、アップルはこうした使用例を強調しなかったことである。
要するに、この両方ができるデバイスを生産したものの、どちらの領域でも決定的な使用例を見つけていないのである。これが、アップルがビジョンプロの発表を年次ディベロッパー会議で行った理由の一つである。アップルはアプリケーションを必要としており、さらにそれを想像する人々を必要としているのである。
筆者らは最近の論文で、どうすればARおよびVRのアプリケーションが独自の価値を付加できるかについて考えを述べた。筆者らの関心の中心は、ゲームやエンタテインメントではなく、ビジネス的な側面である。具体的に言うと、ユーザーの生産性を高めるような活用である。この面で、どのARおよびVRアプリケーションがユーザーの意思決定の向上を支援し、真の価値を創造できるのだろうか。アップルが創出したプラットフォームのためにアプリケーションを構築しようとする人にとって、その可能性を理解することは不可欠である。
ほとんどの決定には、ある程度の不確実性が伴う。情報はそれを是正する手段であり、よりよく知ることによって、誤りに陥ることを減らす。ただし、情報を活用した決定には、2つの要素が必要となる。第1に、適切な情報を入手しなくてはならない。第2に、有意義に用いるには、その情報を精選して分析する認知空間を持つ必要がある。
結論から言うと、ARとVRはそれぞれの要素を持っている。VRは、特に情報が手元にない時や獲得するコストが高くつく場合、関連性の高い情報を提供する能力がある。VRはユーザーを新しい環境に没入させることによって、その情報を提供する。たとえば火事の際に建物の中で何が起きているかをリアルに見せることができる。ほかにも、フライトシミュレーターのように、高いリスクなしに訓練を促進する、安全な模擬的環境を提供することもできる。
一方、ARは既定の環境下で情報を提示し、それを分析して関連性の高い情報を生み出す。たとえば、ユーザーが会議である人物に会った時、ARはその人物の身元に関する情報を提供する。ユーザーは自分の記憶をたどる必要はない。あるいは火事の際に、出口のルートを示すオーバーレイを提供するという形で役立つことができる。どちらの例も、ユーザーの環境の多くの情報から精選して、必要な情報を提示することを目的としている。
一つ留意すべきことは、ビジョンプロは家や職場の外で使用する携帯用コンピュータを意図してつくられていないことである。そのため、屋外で移動する際(運転中など)の適用性には限界がある。
この観点に立つと、先行する多くのARやVRの意図した使用例の価値が低かった理由が浮き彫りになる。
アバターを使ってしゃれた部屋の中で行うVR会議は、ズーム会議に比べて、明らかにより有用な情報を参加者に提供するわけではない。歩行中にテキストの通知を提供するAR型の眼鏡は、ユーザーの認知負荷を減らすどころか増やしている。
筆者らの枠組みが示唆するのは、以下のことである。最もよい使用例は、通常ならば情報を得るのに費用が高くつくか危険な状況での使用であり、この場合のVRの価値は際立つだろう。あるいは状況が非常に複雑な場合、ARを通して状況を明瞭化するデジタル・オーバーレイの価値は高い。または、以上の両方が当てはまる場合でもよい。
新しい航空機や建築物の設計のプロトタイプをつくるアプリケーションや、リモートでの医療処置を支援するアプリケーションを考えてみてほしい。ビジョンプロはどちらも実現する能力があるが、こうした使用例を実験したり設計したりする仕事は、他者に委ねられている。アップルがつくり出したこのプラットフォームから利益を得たいディベロッパーは、アクセスの難しい状況に即した情報を、適切なレベルの詳しさでユーザーに提供するアプリケーションの構築に焦点を当てるとよいだろう。
これは、アップルが最初にデバイスを導入する際によく取る手法である。iPodはデジタル版のウォークマンだったし、iPhoneはウェブ接続できるiPodだった。iPadは大きくしたiPhoneであり、アップルウォッチはより上質なスマートウォッチだった。
そして、ビジョンプロは制約のない3次元スクリーンである。これまでの例では、ディベロッパーによるイノベーションを可能にすることで、デバイスは初期の使用目的以上のものに成長した。ビジョンプロは、コンピューティングの歴史が何度も通過してきた過程における、歓迎すべき新しい試みなのである。
"What Is Apple’s Vision Pro Really For?" HBR.org, June 14, 2023.