
2018年に策定した経営方針において、重点領域の一つに「顧客体験の革新」を掲げたライフネット生命。オンライン生保市場の拡大を力強く牽引するリーディングカンパニーとして業界に旋風を巻き起こしてきた同社はいま、顧客体験のデジタル変革によって事業成長をさらにドライブさせようとしている。ライフネット生命の森亮介社長と、同社の変革パートナーであるプレイドの倉橋健太CEOが、デジタル社会において競争優位を確立するための革新の方向性について語り合った。
「生命保険のインターネット企業」として自社を再定義
倉橋 ライフネット生命は、オンライン生命保険会社の先駆けとして2008年に営業を開始し、今年(2023年)で15年目を迎えられたわけですが、この間の事業環境の変化をどうとらえていらっしゃいますか。
森 私たちが開業した当時、すでにオンラインでの証券取引が盛んになっていましたし、銀行のダイレクトバンキングサービスも若い人を中心に使われ始めていて、金融サービスのオンライン化がいっそう進むことは予想されていました。
一方、生命保険は商品内容が複雑なため、保険外交員から説明を受けながら加入する方法がメインで、特に若い人たちにとっては縁遠いものになっていました。そこで当社は、「正直に経営し、わかりやすく、安くて、便利な商品・サービスを提供する」という経営方針をマニフェストという形にして、インターネットで生命保険を届けるオンライン生保としてスタートしたわけです。
おかげさまで2022年度末には保有契約件数が56万件を突破するなど、オンライン生保のリーディングカンパニーとしてのポジションを築くことができましたが、一時、契約数の伸びが鈍化したことがありました。当社は開業当初からPCが、お客様と当社が接点を持つデバイスであるとしてサービスを設計していたのですが、私たちの予想をはるかに超えるペースでスマートフォンの普及が進み、スマホ対応が遅れたことが要因でした。手のひらに収まる小さなデバイスの中で、さまざまなサービスが完結する時代がこれだけ早く到来するとは思ってもみなかったんですよね。
倉橋 いまから5年前、御社は経営方針の重点領域の一つに「顧客体験の革新」を掲げられました。スマホを軸としたデジタルファースト社会で成長を続けるために、顧客体験の革新が経営の重点課題となることを見抜かれた洞察力がすごいですし、経営のメッセージとして明言されたことが素晴らしいと思います。ただ、5年前にこれだけ画期的な方針を出すうえでは、相当な議論があったのではないですか。
森 我々が注力すべき領域が他の生命保険会社と違うことは、実感としてみんながわかっていたので、大きな反対はありませんでした。大手生保は、全国に張りめぐらせた支店網と大勢の営業職員という組織能力を活かしているのに対して、私たちはオンラインでお客様に商品・サービスを提供するモデルですから、磨くべき特長がまったく違います。
それに当社は生保という大きな市場では小さなプレーヤーにすぎませんので、大手と同じ戦略で競争しても勝てません。顧客体験の革新は、小さなプレーヤーとしての生存戦略でもあります。つまり、自社にとって有利なゲームのルールを自分たちでつくり、競合他社ではなく常にお客様のほうを向いて、思い切ってプレーしようという宣言なのです。
もう一つ、このメッセージを出すうえで、意識していたことがあります。それは、初期のウェブブラウザーの開発者であり、著名なベンチャーキャピタリストでもあるマーク・アンドリーセン氏の言葉でした。