
手数料引き下げ競争が激しいネット証券業界だが、auカブコム証券副社長の藤田隆氏は「新たな体験価値を提供できないと存在意義がなくなる」と危機感を示す。10年ぶりにスマートフォンアプリを刷新した同社はいま、ネット証券からデジタル証券への進化の途上にある。どのような体験価値の創造によって、資産形成の新時代を切り拓こうとしているのか。同社の顧客戦略パートナーであるプレイド取締役の髙栁慶太郎氏が聞いた。(編注:本対談は2023年8月1日に実施したものです)
「コストリーダーシップ戦略」の次のフェーズへ
髙栁 証券取引は比較的早くからオンライン化が進みましたが、金融業界全体のデジタルシフトが加速する中で、現在のネット証券の事業環境や顧客の変化をどのように認識していらっしゃいますか。
藤田 日本版金融ビッグバン(金融システム改革)の一環として1999年に株式売買委託手数料が自由化され、2000年代に入ってからオンライン証券取引が活発化しました。ネット証券大手5社が手数料率の低下を牽引し、投資の裾野を広げたのは大きな功績だと思います。
一方で、いまのオンライン証券取引はコモディティ化が進み、ネット証券各社はコストリーダーシップ戦略、つまり手数料引き下げが競争戦略の中心になっています。単に安さを追求するだけではなく、デジタル技術を使っていかに付加価値を高めていくか。それが、今後の成長のカギになると思っています。
たとえば、オフィスでPCを使っていても、家に帰ればみんながスマートフォンを使う時代です。それなのに、ネット証券はどの会社もPCセントリック(中心)のサービス設計、UI(ユーザーインターフェース)になっていて、世の中の流れからずれています。
ネット証券は第3次産業革命、つまりIT革命の申し子ですが、デジタル革命という第4次産業革命の時代にふさわしい業態へといかに進化できるかが問われています。デジタル技術を駆使してお客様をより深く理解するとか、顧客体験(CX)を向上させるといった点については、まだまだできることがあります。
髙栁 テクノロジーはこれからもどんどん進化していくと思いますが、そのスピードに対してCXのアップデートがビハインドしているケースが多いと思います。新しいテクノロジーがCXの変革に活用されてこそ、エンドユーザーは初めてテクノロジー進化の本質的な恩恵を享受できます。
先ほど、ネット証券業界は手数料引き下げ一辺倒の競争に陥っているとおっしゃいましたが、御社はどのような付加価値を提供していくお考えですか。