森 アンドリーセン氏は2011年、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に“Software Is Eating the World”(ソフトウェアが世界を飲み込む)というタイトルのコラムを寄稿しました。彼はこのコラムで、私たちはいま、劇的で広範な技術的、経済的シフトの真っただ中にいて、ますます多くのビジネスや産業がソフトウェア上で運営され、オンラインサービスとして提供されるようになると予測しましたが、その後の世界はまさにその通りに変化しています。
2018年に経営方針の見直しを行う際、我々自身を生命保険のインターネット企業として再定義しようと考えました。そして、インターネット企業としてどの領域に重点的にリソースを配分するかを考えた時、それが顧客体験の革新だったということです。
「フラット化」した競争環境で、ユーザーから選ばれる存在とは
倉橋 PCを使う既存のお客様がいらっしゃり、また、従業員にも過去の成功体験がある中で、カスタマージャーニー全般にわたる顧客体験の革新に取り組むのは大変なことだったと思います。
森 おっしゃる通り、走行中の車を改造するような難しさがありました。スマホファーストを前提に、契約に至るまでの顧客体験をストレスフリーなものにし、お客様のエンゲージメントを高めようということで、急ピッチで改革を進めました。
たとえば、御社のCX(顧客体験)プラットフォーム「KARTE」を導入したり、部門横断でCX向上に取り組むCXデザイングループを立ち上げたりしました。そうしたテクニカルな点については、社内チームの努力と御社をはじめとするビジネスパートナーとの協力で乗り越えることができましたが、経営者として難しさを感じたのは、全社のベクトルを合わせることでした。

Ryosuke Mori
ライフネット生命 代表取締役社長
何のために顧客体験の革新に取り組むのか、それによって私たちが何を成し遂げようとしているのか。そういうコンセプチュアルな話は、私から社員に何度も語りかけました。私以外の経営陣からも違う言葉、異なる視点で語ってもらいました。また、具体的にどんな革新を行えばいいのかは多岐にわたりますので、社内SNSを通じて課題や成功事例を共有するなどして、コミュニケーションを深めました。そういう多面的なコミュニケーションを続けることで、顧客体験の革新に関わるビジョンを社員一人ひとりが立体的にイメージできるようになったのではないかと思います。
倉橋 かつては、商品やサービス、技術、世の中のトレンドなどについて企業側がより多くの知識を持ち、エンドユーザーは企業が発信する限られた情報の中から商品・サービスを選択するという情報の非対称性がありました。しかし、デジタル社会の進展によって、その状況は逆転しました。いまでは、むしろエンドユーザーのデジタルリテラシーのほうがどんどん進化しており、企業はどうやってそのスピードにキャッチアップするかが問われています。

Kenta Kurahashi
プレイド 代表取締役CEO
それに加えて、さまざまなサービスがデジタル化し、オンラインで提供されるようになったことで、業界の垣根が崩れ、競合の概念が変わりました。業界の違い、企業としての歴史や規模の違いなどにかかわらず、最も優れたCXを実現したものがユーザーから選ばれるというフラットな競争環境になっています。
森 オンライン生保として、私たちはリーディングカンパニーという存在になりました。追いかける側は、一番手の背中を追うことになりますが、先頭を走っている者は前に誰もいませんから、お客様を見るしかありません。これは、孤独なレースではありますが、当社にとっては非常にいいことだと思っています。
一方で、私たちのビジネスの新たな競合となるのは、まったく異なる業種や業態のプレーヤーかもしれません。ですから私たちは、エンドユーザーの立場からさまざまな業種・業態の商品・サービスを実際に自分たちで体験することが大事だと思っています。その中で、本当に素晴らしい、便利でわかりやすいと思えるCXに出会うことができたら、私たちもお客さまのためにもっと素晴らしいCXを提供しよう、それをどうやってデザインしようかというモチベーションが湧き上がります。そういう内なる欲求が出てくれば、自分事として顧客体験の革新を継続していけるはずです。