身体

 連日仕事のプレッシャーにさらされると、コルチゾールとエピネフリンというストレスホルモンのレベルが上がったままになる。体に危険が迫っている時と同じ状況だ。ストレスホルモンの増加は、キバをむくトラ(危険の比喩)から逃れるか、あるいは戦うための身体的な反応を引き起こし、免疫システムを強化するためのエネルギーを抑制する。

 休暇中にリラックスすると、ストレスホルモンのレベルが下がり、免疫システムが回復して病気になりにくくなる。反対に、休暇を先延ばしにしたり見送ったりして、休息や回復の時間が不足すると、ストレスホルモンのレベルの高い状態が慢性的に続き、風邪やインフルエンザだけでなく、長期的には心疾患やがんなどの重い病気にかかりやすくなる。

 749人の女性を対象とした研究によると、休暇を取るのが6年に1回以下の人は、年に2回休暇を取る人よりも、心疾患の発症リスクが8倍高かった。休暇に出かけると、血糖値が低下し、善玉コレステロール値が改善して、冠動脈性心疾患により命を落とす可能性が低下する。

 休暇中の過ごし方によっては、さらなる身体面へのプラスが期待できる。自然の中に身を置くと、心拍数や血圧が下がる。ハイキングやサイクリング、水泳や水中での運動など、体を動かすアクティビティは、心臓や呼吸器を健康にするだけでなく、骨や筋肉を丈夫にし、バランス能力も高める。これは年齢を重ねるに従い重要になる能力でもある。休暇中にマッサージを受ければ、リラックス効果があるだけでなく、血行や柔軟性、免疫反応を改善し、筋肉のこわばりや関節の炎症を抑えるといったメリットがある。

 休暇が心身にもたらすプラス効果はよく話題になるが、さらにディープで、精神な面での効果はあまり注目されていない。魂とは、精神の中核にあり、家族や友人や仕事、そして社会に「こうあるべきだ」というメッセージを押しつけられる前の自分自身だ。

 休暇に出かけて、そのほとんどの間仕事から完全に離れられれば、周囲の雑音の多くを一掃し、本来の自分に立ち返ることができる。

 自分の闘争的な側面を切り離し、エゴを捨てて、自分の本質を再認識することができる。たいていの人の「幸せな状態」とは、日々のプレッシャーから解放され、魂のレベルで自分自身と再びつながり、平穏を感じられる状態のことだ。冒険であれ、学習であれ、美であれ、自分の価値観を自由に表現し、自分に喜びをもたらすことができる。

 陳腐に聞こえるかもしれないが、人生の大きな問い、すなわち「私が本当に求めていることは何か」「私にとって一番重要なのは何か」といったことに対する答えは、静かな空間にいる時に浮かんできやすい。静かな空間では、自分の内なる声に耳を傾け、直感を磨きやすい。じっと動かずに、何もしないでいるのが苦手な、心配性の頑張り屋には極めて居心地が悪く感じられるかもしれない。しかし、休暇中にもたらされるこの空間こそが、本来の自分らしさを引き出すチャンスをもたらしてくれる。

 だからといって、次の休暇で修道院に静かにこもる必要はない。筆者が個人的に幸せを感じられる場所はパリだ。美しい言葉を話し、アートに囲まれ、カフェに座っていると、心が安らぎ、本当の自分と感じられるものを取り戻せる。その空間はパリではなく、ビーチで夕日を眺めたり、大自然の中でキャンプすることだという人もいるだろう。

 自分らしさを取り戻して仕事に復帰すると、自分の実力不足を隠すことにエネルギーやリソースを浪費するような「自分を守る殻」を捨てることができ、そこにかけていたエネルギーやリソースを、目の前の仕事に注げるようになる。また、自分にとって最も意義のある仕事に集中しやすくなり、それがさらなるキャリアアップの機会をもたらす。なかには会社の価値観とのずれや、自分らしさと仕事の間に溝を感じて、仕事を辞める人もいるかもしれない。だが、それは雇用主にとって必ずしも悪いことではない。意欲のない従業員を抱えていることは、従業員がやめていくよりも高くつくこともある。

 従業員が休暇を取ると、心身と魂にプラスの効果をもたらすとともに、雇用主にも恩恵をもたらす。従業員に定期的な休暇取得を義務づけることは、より健全で幸せな従業員がいる、より持続可能な職場をつくるカギとなるのだ。


"How Taking a Vacation Improves Your Well-Being," HBR.org, July 19, 2023.