企業がテクノロジーの信頼性を証明する方法
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サマリー:テクノロジーがすべての問題を解決するという考え方はもはや通用しない。プライバシー侵害やアルゴリズムが持つバイアス、失業の脅威などが人々の不安材料となっており、テクノロジーへの信頼はすでに損なわれている... もっと見るからだ。そのため企業では、テクノロジーに対する信頼の回復が急務となっている。本稿では、企業がどのようにデジタルトラストに注力すべきかを解説する。 閉じる

信頼できるテクノロジーとはどのようなものか

 技術開発者に任せておけば、イノベーションやコーディングによって問題が解決され、繁栄が訪れるはずだとする「技術的解決主義」の考え方は、廃れつつある。

 テクノロジーとその開発企業に対する個人の信頼は、無数の過ちによって損なわれてきた。企業が信頼を確保するための措置を講じずにテクノロジーを使うことは、もはや許容されない。

 個人のプライバシーに対する違反。人生に大きな影響を及ぼしうるアルゴリズムの中に固定化される、企業や個人のバイアス。新しいテクノロジーが人々の生計能力を削り取ることへの絶え間ない脅威。無防備な大衆を対象に行われる、安全対策が万全でない、または欠陥のあるコネクテッドデバイスやコネクテッドカーのベータテスト──。

 昨今のこうした事態を受け、一般の人々、そしてますます多くの政策立案者や規制当局が不信を募らせるのは当然だ。生成AI(人工知能)とバーチャル環境の導入は私たちが追跡できるよりも速く進んでおり、将来にわたり信頼の問題は悪化する一方であろう。

 この問題は、技術の水準が向上しても解決しない。顧客は企業リーダーが下す選択に注目し、それらの選択が個々の消費者と市民の価値観に合っているか、そして人が大事にされているかどうかを評価している。どの企業も、事業運営および顧客やパートナーとの関係において何らかのデジタル技術を使っているため、すべての企業がデジタルトラストについて注意する必要がある。

 セールスフォースの最高信頼責任者で、世界経済フォーラムのデジタルトラスト運営委員会メンバーでもあるビクラム・ラオは、次のように語る。「デジタルトラストの取り組みは不可欠であり、正しく実行すれば、企業にとって差別化要因にも成功要因にもなりえます。企業はみずからの信頼性を証明せよという声が高まる中、組織は法的義務だけでなく顧客の期待を満たす、または上回るデジタルトラスト戦略の構築に努めるべきです」

 一部の企業は、金を使うか人を雇うことでこの問題を解決できると期待するかもしれない。最高信頼責任者や最高デジタルトラスト責任者といった、新たな役割を設けることが有効な場合もあるだろう。

 だが、CEOと取締役会は、万能な解決策として最高幹部職の設置を急ぐ前に、じっくり検討すべきことがある。21世紀において信頼できるテクノロジーとは具体的にどのようなものなのか、企業はデジタルトラストをどのように構築するのか、そしてそれを実行するために何を変革し、何に投資する必要があるのか、である。

何がテクノロジーの信頼性につながるのか

 テクノロジー自体に信頼の有無はない。結局のところ、テクノロジーそのものに主体性はない。アフロフューチャー映画『ネプチューン・フロスト』の登場人物が言うように、「テクノロジーは我々を映す鏡にすぎない」のだ。テクノロジーへの信頼とは、人々がそのテクノロジーを開発し、使用し、導入する際に下す決断を反映している。

 信頼についてはさまざまな考え方があるが、信頼できるテクノロジーの構築に取り組む企業、政府、市民団体のリーダーを世界経済フォーラムが招集した際、集まったグループは次の合意に達した。

「デジタルトラストとは、デジタルの技術とサービス、およびそれらを提供する組織が、すべてのステークホルダーの利益を保護し、社会の期待と価値観を支えてくれるだろうと望む個人の期待である」

 同フォーラムのデジタルトラスト・コミュニティは取り組みの中で、テクノロジーに関して投げかけるべき最も重要な問いは、「いかにして人々にテクノロジーを信頼してもらうか」ではないことに気づいた。むしろ「我々はテクノロジーの開発者、所有者、使用者として、人々の価値観と期待を尊重するために何をすべきか」が問われるのだ。

 正しいマインドセットと正しい目標があれば、デジタル技術の使用に関して効果的で信頼できる戦略を立てることができる。そのような戦略は本来、どのようなテクノロジーかは関係なく、新しいテクノロジーの対象となる個人への配慮から生まれる。

 信頼できるデジタル技術戦略では、個人の権利と期待に対する尊重を念頭に、正しい目標を定める必要がある。世界経済フォーラムのデジタルトラスト・コミュニティは、3つの包括的な目標を打ち出した。

・セキュリティと信頼性
・説明責任と監視
・包摂的、倫理的で責任ある使用

 マイクロソフトの最高プライバシー責任者で、世界経済フォーラムのデジタルトラスト運営委員会メンバーであるジュリー・ブリルは、当時次のように述べた。

「AIやその他のテクノロジーに携わるすべての開発者の目標には、そのテクノロジーを使用または体験する組織と個人の目標を反映すべきです。包摂性と責任ある使用、強力なプライバシーとセキュリティ保護、効果的な監視という共通目標は、開発者、顧客、テクノロジーを使用する個人との間に信頼関係を築くうえで土台となる要素です」

 ユーザーと消費者が安心して頼れるテクノロジーは、自分が保護され、自分のニーズが取り入れられ、自分の価値観に合い、想定外の害を是正するための適切なガバナンスが組み込まれたテクノロジーである。