金融の世界はまた、AIが民主化と業界の統廃合のどちらを促進するのかについて理解するうえでも参考になる。その答えははっきりしていて、AIが極めて重要な役割を果たしてきた分野(金融市場など)では、成否を分ける要素として規模とスピードが挙げられる。
デジタル技術とデータが支配的になれば、勝者は勝ち続けることができ、デジタル技術とデータにどれだけ投資できるかが重要な差別化の要因となる。小規模のクオンツファンドは、大手と比較してデータフィードやコンピューティングパワーにおいて大きな課題を抱えている。同様に、大手がスケールメリットを投資家に還元することでパッシブ投資の信託報酬が低下し続けており、それによって新興企業を市場から締め出している。AIが変革をもたらす経済分野では、規模が決定的要素になることが予想される。大手に挑む小規模プレーヤーが多数活躍するという見通しもあるが、それは誇張されているように思われる。
AIが人間にとってよいものであるかどうかについて、金融業界の経験は何を教えてくれるのだろうか。これに関していえば、厳しい現実が突きつけられている。わずかな超過パフォーマンスで多額の報酬を得ていたアクティブマネジャーが減少しつつあることは、拍手を送るべき展開のように見える。その一方で、金融市場の中核的なタスク、つまり「情報の処理」はうまく行われているようには見えず、むしろ悪化している可能性がある。
情報をわざと無視する投資家(パッシブ投資家)や、変化の速い情報に囚われている投資家(クオンツ投資家)の台頭によって、動きが遅く曖昧な企業に関する情報を処理するという骨の折れる仕事がなおざりにされている。したがって、今後データとコンピューティングが支配的になるにつれ、産業界は変化の速いハードデータ(株価の動き、リアルタイムのクレジットカード利用データなど)に過度に依存するようになることが考えられる。
一方、ソフトデータ(企業経営の見通し、経営陣の質、価格戦略の長期的影響など)は、たとえそれが市場にとって実際に重要な情報であったとしても、価値の低いものとして見過ごされる可能性がある。
筆者は、この最後の教訓が特に産業全般に当てはまるのではないかと危惧している。人間の指示によらない非構造的な方法でハードデータを分析する能力が、さまざまな形で世界を変革することは間違いない。金融市場がそうであったように、これはAIの特徴である。
しかし、その変革は、豊富なデータを持つ変化の速い領域に限られるだろう。勝者となるのは、コンピューティングパワーとデータへの投資能力を持ち、差別化した戦略を生み出せる最大手企業となるだろう。そして、「ソフトデータを考慮する能力」に対する評価は、たとえそれが究極的に最も重要なものであったとしても、短期的には低下する可能性がある。
金融市場は、こうした根本的な問題を無視することなく、AIの驚異的な能力を活かす方法を見つけることができるだろうか。
目下、「コモディティサービスを比較的安価に提供する大手が支配し、ソフトな情報の処理が欠如した市場」として均衡が保たれているようだ。金融の世界にとって、そしておそらく我々全員にとっての課題として、ハードデータだけで経営者やリーダーが直面する難しい問題を判断できるわけではない、ということを肝に銘じることだろう。
10年後の自社の成功において必要なものは何か。顧客の役立つ製品やサービスを生み出すために、最も効果的に資本を投入するにはどうしたらよいか。
ハードデータはこれらの意思決定に役立つだろうが、完璧な決め手になるとは考えにくい。こうした意思決定には、想像力と信念が必要だ。ハードデータを活用する能力がAIによって安価になり、効率化するにつれて、こうした判断を下す行為こそが重要性を増すだろう。これら人間ならではの問いの重要性を認めても、AIがどれほど人間の助けになるかを軽視することにはならない。AIは単なる技術であり、経営者や投資家にとって最大の見返りは、このような本質的に人間的な努力にかかっている。我々は、そう再認識したにすぎないのだ。
"What the Finance Industry Tells Us About the Future of AI," HBR.org, August 9, 2023.