金融業界から読み解く、AIが既存産業に与える影響とその未来
Jakub and Jedrzej Krzyszkowski/Stocksy
サマリー:AI(人工知能)は既存の産業を変革するのだろうか。それは良い結果をもたらすのか、それとも悪い結果をもたらすのか。こうした疑問は、デジタル投資を積極的に進めてきた金融業界がヒントになる。本稿は、この10年間... もっと見るに金融業界で起きたことを振り返り、AIが既存産業に与える影響とその未来を読み解く。 閉じる

AIが支配する未来

 AI(人工知能)の社会的認知が急に高まったことで、多くの人々が「AIが支配する未来とはどのようなものか」と考えるようになった。

 AIは産業を変革するだろうか。民主化が起こり市場が開放されるのか、それとも業界の統廃合が進むのか。よい結果をもたらすのだろうか、それとも悪い結果をもたらすのだろうか。

 これらの答えの大筋を、金融の世界に見出すことができる。金融業界ではこの10年間でデータ量が急増し、かつてないほど計算能力の高いコンピューターが普及し、業界が変貌した。AIの発展を後押しするのと同じ力が働いていたのだ。

 金融業界のこの経験は、AIが支配する未来に対して希望を与えると同時に、人々に厳しい現実を突きつけている。すべての業界ではないにしても、AIによって業界が変革されれば、大手企業に最も多くの利益がもたらされることを示唆しているからだ。AIは、個々のプレーヤーを賢くする一方で、世界全体を愚かにするかもしれない。

 金融の世界は、情報処理がその中核であるために、AIの潜在的な影響を探る理想的な「実験室」である。当然のことながら、あらゆる金融機関が競争力を高めるために、他業界に先駆けてデジタル技術とデータ整備に多額の投資を行ってきた。

 もちろん、金融業界の経験だけで、半年間にわたり世界中に衝撃を与えた、最新の大規模言語モデルの全貌が明らかになるわけではない。しかし、過去10年間の金融業界で起きた競争力学の変化は、将来の手掛かりとなる。AIがより安価になり広く利用できるようになった時に、多くの業界で起こることを読み解けるからだ。そして、どんな新しいAIのバージョンが出ようとも、金融業界が常に「炭鉱のカナリア」となり、他の産業の手掛かりとなるだろう。

 まず、AIが産業のダイナミクスをいっきに破壊(ディスラプト)する可能性が高いのは明らかである。資産運用業界の中で起きたことを考えてみたい。この業界では過去15年の間に、デジタル技術とデータの「支配力」が増大し、2つの大きなディスラプションを経験している。

 第1に、ミューチュアルファンド業界だ。ここでは、パッシブファンドマネジャー(分析を行わずにインデックスファンドに投資するマネジャー)が台頭し、アクティブファンドマネジャー(ストックピッカー)が衰退した。この変化は、データとデジタル技術によってパッシブ投資の競争力が高まり、アクティブファンドマネジャーが情報力で優位性を得ることが難しくなったため、驚くほど急速に進んだ。

 この8年間だけで、アクティブ運用資産に対するパッシブ運用資産の比率は0.6から1.2へと上昇し、市場シェアも劇的に変化した。アクティブファンドマネジャーは、パッシブファンドマネジャーがアクティブファンド運用戦略に近似した戦略を10分の1のコストで実現する能力を持ったため、多額の信託報酬(運用資産の1%以上)を引き出せなくなったのだ。

 第2に、ヘッジファンド業界の変貌だ。大量のデータや高度な計算に基づくクオンツ投資が、昔ながらのファンダメンタルズ分析に基づくロング・ショート戦略を凌駕した。ロング・ショートの投資判断には時間をかけた綿密な分析能力が必要であるが、それよりも、大量のデータを素早く分析し、より短期的な戦略を立てる能力のほうが運用業者に求められている。このような金融業界のトレンドは、AIの支配する未来が、極めて短期間で突出した勝者と敗者を生み出す可能性があることを示唆している。

 同時に、すべてが人々の予測ほど早く変化するわけでもなさそうだ。マクロ経済と市場のセンチメント、企業に関する情報が合わさるような、高い頻度で行われる金融取引の世界は急速に変化したが、ウェルスマネジメントや融資といった低頻度の取引の世界はそれほど変化していない。

 ロボアドバイザーの出現で、ファイナンシャルアドバイザーの牙城が崩されるのではないかと懸念されたこともあったが、その勢いは失速し、逆転する可能性が出てきた。顧客サイドは依然として人間を好んでいるようだ。

 融資の世界も同様に、AIによる変革が予測ほどには進んでおらず、AIを導入した貸し手は少なからぬ問題に直面している。個人や企業の与信に関するデータ量は徐々に増えているものの、金融市場全体から見ればそれほど多くなく、有用でないのかもしれない。

 AIが業界に破壊的変化をもたらすかどうかは、AIが解決する「情報問題」の性質と密接に関係しているようだ。金融市場は、膨大なデータとコンピューティングパワーを必要とする多次元的な情報問題である。医薬品開発におけるドラッグデザインのように、金融と同様の性質を持つ分野は、AIによるディスラプションの機が熟している可能性がある。

 しかし、サービス業や製造業を含む多くの分野は、単純にAIとの関連性が低く、ウェルスマネジメントや融資に近い分野といえるだろう。金融業界の経験から、データの量も変化速度も緩やかな人間相手のサービスは、AIが支配する世界においてもほぼ破壊されない可能性がある。

 もちろん、AIによって、意思決定が向上するという意味では大きな影響を受けるだろうが、(資金管理におけるような)変革というよりは、(ウェルスマネジメントや融資におけるような)漸進的な変化となる可能性が高い。