人生の行き先は早くに決めたほうがよい

編集部(以下色文字):キャリアが多様化したことで働き手の可能性が広がった一方、選択肢が増えたからこその悩みを抱える人たちもいます。柳井さんは人生の「行き先」という表現を用いて、生涯を賭けて追求すべき目標を定めることの重要性を説いてきました。それぞれの人生の行き先をどのように決めればよいのでしょうか。

柳井(以下略):人生の行き先がどのように決まるかは偶然でもあり、必然でもあります。私はこれを言い続けてきましたが、自己実現の可能性は与えられたものの中でしか見つけられません。何を与えられるかは偶然によるところが大きく、どのような経験をし、どのような人と出会い、どのような機会を得られるかは、一人ひとり異なります。ただし、その中から可能性を見出すしかないと考えれば、人生の行き先は必然で決まるといえます。

 重要なのは、自分の行き先をできるだけ早くに決めることです。私は作家の邱永漢(きゅう・えいかん)さんと親しく、彼の生前、著書にサインをもらった時、心に深く刺さる言葉をいただきました。「年を取るとは、自分の可能性が一つずつ消えていくこと」。まさにその通りで、いまもそう思います。

 特に若い時は、時間が無限にあり、自分の可能性も無限にあると思い込んでいます。死ぬことなど考えず、さしたる能力もないのに、ひょっとしたら何かできるかもしれないと信じている。それは曖昧で、ぼんやりしたものです。そのままただ年を重ねていけば、本物の可能性がどんどん消えていき、気づいた頃には何もできなくなります。天命を知るのに、早すぎることはありません。

 柳井さん自身は、自分の行き先をどのようにして決めたのですか。

 私も最初から目標を持てていたわけではありません。大学を卒業し、家業の紳士服店で働き始めたばかりの頃は、仕事をしないで生きていくことばかりを考えていました。

 当初はそれでもやっていけました。地方の商店街で高級紳士服を扱う店でしたから、1日に10点も売れたら十分です。ただ、毎日同じことを繰り返すのであまりに暇で、家に帰ってもやることがなく、本ばかり読んでいろいろと考えていく中で、本当にこのままでよいのかと思い始めました。