メンタライジング:未来の営業担当者の超能力
テクノロジーをチームメートとして扱うことにより、役割の複雑さが軽減され、営業担当者が買い手とのやり取りに独自の価値をもたらす領域が生まれる。
筆者たちは最近、B2B購入者のデータから、質の高い取引の成立を促すような影響力の強い現象を観察した。これが「バリュー・アファメーション」だ。サプライヤーとのやり取りが、買い手の意思決定を正当化して彼らの自信を高め、ソリューションの価値を明確にする場合、買い手は一連の質の高い取引により、購入する可能性が30%高くなる。また、このように営業担当者とやり取りをする買い手は、バリュー・アファメーションを経験したと感じる傾向が2倍以上になる。
営業担当者は心理学で言う「メンタライジング」のスキルを活用して、独自のやり方でバリュー・アファメーションを支援できる。メンタライジングは、暗黙の信念や感情、意図を推測して買い手の振る舞いを予測し、影響を与える能力だ。
買い手の考えを氷山に例えてみよう。彼らが明確に示すことが、水面上に見えている頂だ。未開発の可能性はその下にあり、メンタライジングによってのみアクセスできる。
売り手は買い手と同期していない。メンタライジングは両者の考えをすり合わせるのに役立つ。ガートナーが200人以上の営業リーダーを対象に行った最近の調査では、83%が、部下の営業担当者が変化する顧客のニーズや期待に対応するのに苦労していると認めている。組織がテクノロジーをチームメートとしてうまく活用すれば、営業担当者はメンタライジングをする余裕が生まれる。
優秀な営業担当者の中には、メンタライジングの才能に恵まれている人も多いが、メンタライジングは練習と支援によって磨くことができるスキルでもある。メンタライジングには4つのレベルがあり、これらは互いに積み重ねながら、買い手とのやり取りの前、最中、後に行うことができる。
1. 積極的に耳を傾ける──買い手は何を言っているのか:営業担当者は自分が次に何を話すかに意識が行きがちだ。しかし、買い手が話している時にしっかり向き合う必要がある。それによって足りない情報を探り、的確なフォローアップの質問もできる。
2. 視点の取り方──買い手は何を考えているのか:営業担当者は買い手の視点を想像しながら、彼らがすでに消費した情報を吟味し、ソリューションの価値を肯定する洞察を追加して、その情報を補足することに長けていなければならない。
3. 共感──買い手はどのように感じているのか:営業担当者は感情的知性(EQ)を発揮して、バイヤージャーニー(製品を認識してから購買に至るまでのプロセス)が買い手にどのような感情を抱かせるかを予測し、それに合わせて調整する。特に、自信を強めることや失敗への不安を和らげることに留意する。
4. 認知的な解読──買い手がどのように行動するか:これは最も高度なメンタライジングである。営業担当者は手元にあるすべての情報を統合して、買い手がどのように行動するかを予測し、戦略を適応させて、質の高い取引になる可能性を最大化する。
営業リーダーは「ロールリバーサル」(役割転換)のような手法を使って、メンタライジングの4つのレベルのすべてを訓練できる。すでに多くの組織で、営業担当者が自分の台詞を練習し、ほかの人が買い手を演じるロールプレイングを実践している。ただし、このような練習は、営業担当者がロールプレイングで演じる顧客の心の中に入り込もうと試す機会にもなる。さらに、言語モデルを売り手または特定の買い手の視点に立たせることによって、生成AIを相手に基本的なロールプレイングを練習することも検討するとよいだろう。
テクノロジーで営業担当者のメンタライジングを強化する
近い将来、営業リーダーは自然言語処理と感情AIの飛躍的な進歩を活用して、営業担当者のメンタライジングのスキルを強化することが一般的になるだろう。これらのツールは、言葉の選択、声のトーン、ボディランゲージ、表情から推測される買い手の感情の状態やエンゲージメントのレベルに関する手掛かりを提供する。
大規模な購買グループとのバーチャルな会話を考えてみよう。営業担当者は重要なポイントを説明し、自分のメッセージの着地点を見極め、質問に答えるなど、非常に多くのことに同時に集中する。そして、そのためにメンタライジングのスキルを駆使する。表情を見て、関係者が話している時のトーンを解析し、相手の質問が十分な理解度を示しているかどうかを評価するのだ。優秀な営業担当者はこうした情報から多くの洞察を得るが、多くのことを見逃してもいる。そこで役に立つのがAIの「パートナー」だ。
営業担当者がエンゲージメントに関するリアルタイムの洞察をもとに、即座に適応できるというアイデアは魅力的である。しかし、彼らが一度に処理できる情報は限られている。顧客のセンチメントをリアルタイムに表示するカラフルなダッシュボードは、気が散ったり士気が低下したりするリスクがある。最も有望な機能は、どの瞬間に顧客から強い反応を引き起こしたかを営業担当者が確認して、次のアプローチを調整できるような対話終了後のリポートかもしれない。
未来の営業
今後、営業担当者の役割は、やることは少なくなるが、よりうまく行うことが求められるようになる。営業リーダーはAIの変革の力と営業担当者の人間ならではの能力を組み合わせて、利益率の高い取引を推進しなければならない。
このような未来はSFのように思えるかもしれない。しかし、競合他社は、そしておそらくあなたの会社の営業担当者も、すでに新しいテクノロジーを試している。テクノロジーをチームメートとして扱い、営業担当者が独自の価値を付加できるところに注力することによって、営業担当者の生産性を次の段階に引き上げ、大幅な収益増を達成できる。
"Sellers Are Overwhelmed by New Technology," HBR.org, August 22, 2023.