AIは、世界のデジタルインフラで決定的に重要な役割を果たしている。欧米諸国は、このテクノロジーがオープンで、民主的に管理されるように、迅速に、そして足並みを揃えて行動しなければならない。さまざまな部門で最も強力なAIモデルを開発するためには、米国は同盟国(インドやシンガポール、日本、韓国、欧州諸国など)と協力して、データシェアリングポリシーを採択し、共同でイノベーションを図る必要がある。EUが2022年に導入したデータガバナンス法は、加盟国間のデータ共有を促進し、人々と企業のメリットを最大化するルールで、多くを学ぶことができる。

 この軌道修正を怠れば、AIのインパクトは著しく制限されるだろう。たとえば気候変動モデルは、データのサイロ化が起これば死刑宣告されたことに等しくなる。医療やヘルスケアのデータやイノベーションは、特定の国や研究機関に限定されるものではない。世界のサプライチェーンを支える産業用AIは、相互接続されたデータが絶え間なく流れてこなければ有効に機能しない。消費者向けアプリの場合は、著作権の枠組みが国によって異なれば、文化的な関連性や影響力が損なわれてしまうため、データに自由にアクセスできる中国陣営のほうが開発が有利に進む。

 さらに、ばらばらのデータ規制とデータの国内保存義務は、コンプライアンス(法令遵守)のコストと複雑性を高め、イノベーション経済の成長に悪影響を与える。もちろん、AIの規制を控えよと言っているのではない。統一的な基準やプラクティスを確立するために各国が協力すべきなのだ。民主主義国が足並みを揃えれば、各国がAIに関してその強さや適応力を身につけられるだけでなく、欧米諸国が一つのグループとしてAI分野のリーダーになれるだろう。

「責任あるイノベーション」を追求せよ

 欧米企業が真の市場リーダーになるためには、国をまたいで協力するだけでなく、国内、すなわち政府機関や市民社会との協力も必要だ。AIをめぐる現在の言論の大部分は、大規模言語モデル(LLM)をはじめとするAIの生成能力が中心になっているが、長期的に見てその最大のインパクトは、産業や社会全体の変革にある。民間企業や団体が社会から切り離されていては、真の変革にはならない。

 すでにAIの変革力は、具体的な形をとりつつある。AIのシステムがあれば、誰が情報やインサイトにアクセスできるかという競争を大幅に平準化できる。たとえば学校の教室では、情報格差のある生徒たちに個別のサポートを提供できる。病院の職場では、患者のデータ入力といった単調な作業から労働者を解放し、より高度な問題に集中させることができる。

 また、AIには人間が見落とすことを発見する能力もある。たとえば、創薬において、治療できない症状に対して何百万通りもの薬の組み合わせを試すことができる。あるいは医療用画像診断に用いれば、これまでよりもはるかに早い段階で病気を発見できる。気候変動では、既存の予測モデルを凌駕して、災害のリスクをとらえることができる。その災害はめったに起こらないかもしれないが、社会的弱者に対して致命的な影響を与えるものだ。さらに国防では(ひょっとすると最もリスクが大きいかもしれないが)、「戦争の霧」(不確定要素)を取り除き、侵略行為に対する抑止力を高めることができる。ただし、このどれも実現するとは限らないし、その保証もできない。AIは巨大な機会をもたらすと同時に、その利用には大きなリスクが伴うのだ。

 最近の関心の多くは、AIが将来的にもたらすかもしれない「人類存亡の危機」に集中している。しかし、AIはこの瞬間にも、高度なボットや本物そっくりのディープフェイクを通じて、誤報や偽情報を拡散させる新たな手法を提供しており、民主主義システムを不安定なものにしている。

 AIは、民主主義そのものの価値にも疑問を投げかけるだろう。たとえば、権威主義国家がAIを駆使して民主主義国家よりも優れた行政サービスを提供するとしたら、どのようなことが起きるだろうか。たとえば、サーベイランス(監視)を強化して犯罪を大幅に減らしたり、個人情報に無制限にアクセスしてよりよいヘルスケアサービスを提供したりするかもしれない。AIが発達するほど、非民主的な体制のほうが魅力的になる可能性もある。そして、これはそれほど遠い未来の話ではない。

 AIに関して言えば、私たちは岐路に立たされているということだ。一方の道は、自動化と破壊へと続く。こちらを選ぶと、人間の仕事やその仕事の意味が奪われてしまう。もう一方は、AIと協力することで人間の力を引き出す道だ。こちらは、人間の仕事の生産性を高め、人間がよりバランスの取れた生活を送れるようにし、人間が人間にしかできない領域を極められるようにする道である。

 ソーシャルメディア革命の時は、規制当局がその気になれば革命のスピードを遅らせたり、方向性を変えたりすることができた。しかし、AI革命は前進しか起こりえない。これまでの「プラットフォーム革命」とは異なり、これは「テクノロジー革命」である。すでにその重要性や役割は、社会全体のステークホルダーに認識されており、彼らがこの革命に関わっているのだ。

 このような環境で最も成功するのは、将来を見据えたビジョンを持ち、社会と調和する価値観を中核に据えて、自主規制メカニズムを持ち、永続する準備を整えている企業になるだろう。公共部門や既存のエコシステムとの提携も極めて重要だ。AI開発が誤った方向に進み、民主主義陣営が競争に負けるリスクを冒すわけにはいかない。AIのインパクトは社会のあらゆる分野に及ぶため、幅広いステークホルダーの利益を考慮に入れることが、道義的責任であると同時に、持続可能な変革を可能にする唯一の方法になる。AIの時代には、企業は「責任あるイノベーション」を追求し、通常のテクノロジーの境界線を超えて活動する必要がある。

 デジタル冷戦に勝利するためには、米国とその同盟国はAIの市場リーダーにならなければならない。そして、最高のAI企業を構築するために、米国陣営は国際的な協力を優先して、新たな考え方を生み出す必要がある。それは、責任あるイノベーションを追求し、人間のポテンシャルを解き放つことを目指すものである。


"AI and the New Digital Cold War," HBR.org, September 06, 2023.