中小企業が大損害を被らないためのリスクマネジメント
Caroline Purser/Getty Images
サマリー:世界がますます不安定さを増す中で、リスクマネジメントはかつてないほど重要なものになっている。それにもかかわらず、中小企業をはじめとした企業では、これらを贅沢品のように見なし、結果的に重大なリスクにさら... もっと見るされやすい状態になっている。本稿では、中小企業を含むすべての企業のマネジャーに向けて、より賢明なリスクマネジメントのアプローチを紹介する。 閉じる

リスクマネジメントを贅沢品と考えていないか

 リスクマネジメントは退屈だという残念な固定観念がある。リスクマネジャーは悲観主義者で、コンプライアンス責任者はお騒がせ。そう思っているマネジャーがあまりにも多い。そのため、リスクマネジメントは不人気で正しく理解されにくい分野になっている。リスクマネジメントは、惨事に見舞われるまで、ほとんどの人にとって骨の折れる高コストの雑用にすぎないのだ。

 しかし、ますます不安定さを増す世界において、リスクマネジメントはかつてないほど重要なものになっている。それにもかかわらず、リスクマネジャーは当面の商業的なプレッシャーを前にして、声を上げるのに苦労している。特に中小規模の企業ではそうした傾向が強い。中小企業は起業家的な文化を持ち、規制上の要求が少なく、リソースの制約が大きい。こうした企業はリスクマネジメントを贅沢品のように見なしがちで、結果的にリスクにさらされやすい。

 本稿では、20年に及ぶリスクマネジメントの応用や研究、そして大学やプロフェッショナルへの教育の経験に基づき、より賢明なリスクマネジメントのアプローチを紹介する。中小企業を含むすべての企業のマネジャーがリスクをより深く理解し、効果的で前向きなリスクマネジメントのテクニックを適用するのに役立つだろう。

 ここで紹介するアプローチは、3つの行動に依拠する枠組みである。すなわち、懸案のリスクに比例した統制を設計すること、失敗だけではなく成功から得た教訓も分析すること、業績向上と保護のためにリスクマネジメントを活用することである。

前向きなリスクマネジメントはリスクに比例した対応である

 リスクに比例した対応とは、小さなリスクならあまり騒ぐ必要はなく、大きなリスクは大いに重視するということである。たとえば、メールの添付を忘れたとか、少額の請求書に対し二重払いをしたとか、社内リポートの締め切りに間に合わなかったなどの日常的リスクは許容範囲だ。そうした手違いや失敗は忙しさの表れにすぎない。動きの速い企業、特にチームがスリムでリソースの乏しい中小企業では、そうした見落としは無理もないことだろう。

 逆に、極めて重大なリスクには大いに注意を払う必要がある。たとえばサイバー攻撃を招くフィッシングリンク、革新的なスタートアップ企業が重要な知的財産を失うこと、介護施設の上水道の細菌汚染などがそうだ。本物の危険を軽視していると、数百万ドルの損失を出し、心痛に苦しみ、命まで失うこともある。その時になってようやく、さらに警戒し、注意し、退屈を忍ばなかったことを後悔するのである。

 それでもなお、企業はリスクの計算を誤りがちだ。小さなインシデントは最も頻繁に発生して注目を集めるが、大したことではない。長期間にわたって収集した銀行の営業損失50万件のサンプルでは、最も小規模なインシデントがほかのどれよりも頻発するが(61%)、全体で見ると損失は一番少ない(損害規模全体の6%)。本当に深刻な損害は、規模が大きいものの、頻度は最も低いインシデントから生じる。毎年、重大インシデントの最上位0.3%が損失全体の平均63%を引き起こしているのである。こうしたアンバランスにもかかわらず、リスクマネジャーと企業は深刻な損害を防ぐよりも、小さな問題に時間と注意を割いている。

 リスクマネジメントは過度に適用すると、コストが高くつく。たとえば、サイバープロテクションが過剰だとコンピュータやログインの動作が遅くなるし、あらゆる支払いや処理をダブルチェックすると、創造的な活動のためにさらに有効に使えたはずの時間を浪費してしまう。信用は節度から生まれる。慎重さを求める際に実用性も重視するリスクマネジャーは尊敬される。有能なリスクマネジャーは重大で妥当性のあるシナリオに対して備え、小さな事故は許容する。

 リスクに比例したリスクマネジメントは、過度な統制や統制不足から生じる非効率性を低減する。警戒しすぎると遅滞や硬直、機会コストを招くし、注意不足は事故や不安定さ、修復コストを発生させる。非財務的リスクには財務的リスクと同様、リスクとリターンのトレードオフがある。生産性向上のために一部の業務の統制を省いてコストを削減することは、業務リスクにとって報いになる。有能なリスクマネジャーや明敏なビジネスリーダーは、どれだけのリスクを、どのメリットのために受け入れる用意があるかについて、明確な見解を持っている。これはリスク選好として広く知られる概念である。