前向きなリスクマネジメントは成功を称賛する

 事故の根本原因を分析することは、リスクマネジメントの正しい実践である。特に最大の損害を引き起こしかねない事故についてはそうだ。だが過去の損失や未来の失敗ばかりに焦点を当てていると、成功の原因を認識し、強化することができない。失敗の原因を振り返ることは大切だが、それに伴う批判によって反発を招くことがある。

 たとえば、ロンドンのとあるクリアリングハウスの上級リスク責任者は、ワークショップで損失の原因の一部が彼のマネジメントスタイルにあることが明らかにされると、怒って出て行ってしまった。彼はその後の演習を拒否し、半年後、別の理由で解雇された。当の企業は、いまはもう営業していない。

 成功体験の振り返りは活力をもたらす。「なぜ負けたのか」よりも「なぜ勝ったのか」のほうが、分析に熱が入る。過去の成功を分析することは励みになり、洞察が得られる。うまくいっていることは見過ごされやすい。週末にかけてITの移行がスムーズに行われても、月曜の朝に誰も気づかなかったり、スタッフが能率的に仕事をこなしているおかげで顧客の苦情がないことを、誰もほめなかったりする。

 人間の脳にはネガティビティバイアスがある。これは、ネガティブな体験はポジティブな体験よりも記憶に取り込まれやすく、長く残ることを指す。過去の成功をじっくりと振り返ることは、失敗に焦点を当てる通常のリスクマネジメントとのバランスを取るためにぜひ行うべきである。

 効果的なリスクマネジメントには、広く受け入れられたルールがある。最も重要なのは警戒を怠らないことで、迅速な介入が衝撃を緩和する。ニューヨーク地下鉄のテロ防止の標語は「何か見かけたら、言ってください」(不審物を見かけたら通報してください)である。ロンドンの地下鉄にも、「見て、言って、解決」(不審物を見たら、通報してください。警察が解決します)という標語がある。

 中小企業が成功するためには、規律と警戒が欠かせない。スタートアップ企業が繁栄するためには、優れたアイデア以上のものが必要だ。スタートアップは設立者の徹底的な注意力に左右される。設立者は常に業績を監視し、誤った方向に進みそうなものがないか、目を光らせなければならない。

 新興ブランドが国際展開するためには、厳密な計画、市場に対する知識、徹底したデューディリジェンスが必要であり、無数の潜在的な問題が惨事に発展する前に対処できる有能なマネジャーも求められる。たとえば個人生活でも、泥棒、火事、病気をどれだけ早期に発見するかにより、一瞬の恐怖で終わるか悲劇に至るかという大きな違いが生まれる。

 優れたリスクマネジメントの実践を称賛することによって、成功につながる行動は強化され、不当な批判は回避される。前向きなリスクマネジャーは、不吉な預言者ではなくメンターになる。リスクマネジメントは、歓迎して受け入れれば、成功の要因になるのである。

前向きなリスクマネジメントは業績を守る

 リスクのマネジメントは業績のマネジメントと切り離せない。前向きなリスクマネジメントは不確実性のプラス面をとらえ、マイナス面をできる限り防ごうとする。

 大きな夢を見て、大きなリスクを取ろう。リスクを取ることは必要であり、望ましくさえある。だがそれにはやり方がある。スタントマンは優秀なリスクマネジャーだ。そうでなければ、最初の映画で消えていただろう。起業家は挑戦と警戒のバランスを取らなければならない。さもないと、必ず失敗する。企業や政府は危険の兆候を監視し対応しなければならない。さもないと、自身と他人を大混乱に巻き込む。

 私たちはもう何度もそれを目の当たりにしてきた。リスクマネジメントに失敗すると、組織は衰退する。世界金融危機もコロナ禍も、最近のシリコンバレー銀行の破綻も、すべてリスクマネジメントの失敗に原因がある。

 リスクマネジメントは、大きな夢を実現させるうえでは必要条件となる。目標が野心的であるほど、それを達成するにはリスクマネジメントが重要になる。ホテルやリゾートが顧客に満足のいく体験を提供するためには、完璧なサービスが必要である。フィンテック企業は、サイバーセキュリティに関してトップレベルの専門家集団でないと運営できない。医療機関は、患者の安全を守るための完全な手順がないと生き残れない。

 特に中小企業は、成長にリスクが伴う。急成長するスタートアップ企業では、収益の上昇よりも速いスピードで業務リスクが生じる。規模の成長よりも速いスピードで複雑性が増大するからである。健全なリスクマネジメントのシステムを持つ企業だけが、明日のグーグルやアマゾン・ドットコム、ウォルト・ディズニー、マクドナルドになるだろう。

 気候変動への関心がますます高まるにつれて、金融規制当局やブラックロックのような投資機関は、企業が気候関連のリスクにさらされていることを理解し、評価し、コミュニケーションを取ることを期待している。しかし、現在、気候関連のリスクに関して求められていることは、ビジネスに対するあらゆる種類のリスクにも有効である。

 マネジャーはビジネスモデルと業績を守るために、業務環境に関連するあらゆる変化を監視する必要がある。たとえば、決済プラットフォームのプロバイダーにとって、ブロックチェーンのイノベーションや暗号通貨は最も関連性が高いし、リチウムイオン電池の生産者にとって、コバルトの採掘状況やレアアースの入手可能性を監視することは不可欠である。生成AIは多くの人々に脅威を与えているが、適切なリスクマネジメントをして賢く利用すれば、生産性向上のための夢のようなツールになりうるものであり、抵抗するよりも受け入れるべきだろう。

結論

 中小企業には、大企業のようにリスクの測定と緩和を求めるような規制上のプレッシャーはない。だが、想定外の衝撃に耐えるためのリソースも乏しい。大きな潜在的インシデントが一つあれば、破産につながる。

 リスクマネジメントに前向きになると、リスクを負うことの価値と業績を守る必要性が認識され、活力につながるナラティブが規律に持ち込まれる。楽観主義者と悲観主義者、つまり挑戦したい人と警戒を重視する人との建設的な対話は、景気の波に左右されないビジネス成長の強力なエンジンになる。

 成功と幸福を追求する際には、何を賭けてよいか、何を失うわけにはいかないかを決めなくてはならないのである。


"Smaller Companies Must Embrace Risk Management," HBR.org, September 08, 2023.