数年前、筆者が数十億ドル規模のパーソナルケア企業を担当した時のことだ。この会社は、製品ポートフォリオの多様化を進める手段として、中規模の買収を3件行っていた。いずれの買収にも知名度の高いブランドが含まれていたため、CEOは各社をそのままの状態で残し、完全子会社ではあるが、独立した事業体として運営する方針を取った。ところが数カ月後、買収のシナジー効果をさらに高めるよう取締役会からプレッシャーをかけられたCEOは、方針を転換。コーポレート部門(HR、財務など)に対し、買収した企業のプロセスやシステムを親会社に合わせて調整するよう要請した。
だが、コーポレート部門から買収先に人員が送り込まれて大混乱が生じると、CEOは弱腰になり、コーポレート部門に対して1~2件のシステムのみを選んで標準化するよう指示した。この頃、買収された企業のマネジャーたちは、親会社の真の意向がわからなくなり、部下に対して、状況が明確になるまで何もせずに待機するよう伝えていた。
本稿で挙げた2つの事例、そしてアジリティが過剰な他の多くの事例でも、リーダーは目標達成のための手段に関心を向けすぎており、そのせいで彼らと彼らのチームは、最終的なゴールを見失っている。1例目のテック系スタートアップでは、創業者は実験的な試みによって新製品開発のチャンスを模索しようとしたが、次世代の製品に関するビジョンを明確にしていなかった。明確な製品ビジョンがないと、あらゆる選択肢が可能になってしまう。
同様に、パーソナルケア企業では、CEOは新たに買収した企業の統合について包括的な目標を明確に語らなかった。実際、彼は進みながら目標を定め、投資家や自身のチーム、買収先のマネジャーからの反応に応じてそれを変更しているように見えた。これでは、目標を実行に移すべき人々が混乱したのも不思議ではない。
ただし、よいニュースもある。「手段」ばかりに目が向き、「目的」をないがしろにしていることにリーダーが気づけば、修正は可能だという点である。
問題は、目標設定とコミュニケーションの両面にある。ハイテクベンチャー企業のケースでは、創業者は最終的に自身のチームから、「エンジニアリングの変更が繰り返されたせいで、チームが何をすべきかわからなくなっている」という強いフィードバックを受けた。これを受けて、彼は次の製品がどのようなものであるべきかに関するパラメーターをチームとともに設定し、それを実現する方策については、チームに委ねる余地を増やした。現在では、チームの生産性は向上し、商業的に実現可能な新製品の開発に向けて、自信を持って歩みを進めている。
一方、パーソナルケア企業では、買収先から期待したほどの投資対効果を得られていないことに気がついたCEOが、事業開発責任者に対し、買収企業の統合方法に関する簡単な調査を依頼した。そこで得られた重要な結論は、買収後の各事業体について、より具体的な目標とビジョンを持つべきであること、そして目標の実現に向けた適切な道筋を見つける権限を統合チームに付与すべき、というものだった。
その後、3つの買収先に、このアプローチが適用された。たとえば、買収された企業のうちの1社は、特定の製品カテゴリーで高い市場シェアとブランド認知度を誇っていた。そこでチームは、このカテゴリーの成長を加速させることを目標に設定した。だが、チームは統合プロセスの早い段階で、親会社が求めるプロセスや手法に今後も従い続けるよう全員に強いれば、買収によって合流した人材の多くを失う危険性があることに気づいた。そうなってしまったら、成長目標の達成が危うくなる。当該のカテゴリーで成功を収めるためには、彼らの経験が不可欠だからだ。
そこで、チームは方針を変えた。買収した会社を親会社に統合する代わりに、親会社の社員の一部が、買収した企業の経営陣の下につくという「逆買収」アプローチを採用したのである。
ただし、最終的な目標──中核となるカテゴリーでの成功──に変更はなかった。マネジャーたちが混乱したり、やる気を失ったりすることはなくなり、最終的にこの新部門は、当初想定されていた成長の期待値を上回る成功を収めた。
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もしあなたがプロジェクトに参加している、あるいはプロジェクトを率いる立場にあり、そのプロジェクトがたえず軌道修正を繰り返しているのなら、一歩下がって次のように自問してみよう。私たちは最終目標──達成すべき成果──を明確にしているだろうか。そして、軌道修正によって、目標に近づいていると感じられるだろうか。
もしも答えが心からの「イエス」でないのなら、目標を明確に定義し、それをしっかりと伝えるべきだ。それができれば、アジリティが高いからといって、プロジェクトの成果が妨げられることはない。
"How to Avoid the Churn That Comes with Agility," HBR.org, September 20, 2023.