クロストレーニングが業績と仕事に与える影響  

 従業員がビジネスのさまざまな場面で貢献できるようになれば、サービスが向上し、生産能力が高まって、よりよい仕事をやりやすくなる。

サービスの向上

 シー・ウルフではクロストレーニングの導入によって、予定外のシフト変更があってもチームとしてオーナーシップを発揮して製造を維持することができ、常に高品質のパンを顧客に提供できるようになった。ヴァレホによると「非常に忙しくなって、スタッフが3人足りず、金曜日で出勤している全員の力が必要になった時も、食洗器の扱い方を知っている配達ドライバーが飛び入りで手伝い、全体の作業を進めることができる」。販売チームのメンバーが下ごしらえの基本作業のトレーニングを受けることによって、パン職人はより価値の高い作業に時間を集中させることができ、予期せぬ事態にパンの品質が低下することもなくなった。

 タコンビでは、職務が高度に専門化していた時は、皿洗い係がいないとオペレーションがマヒしてしまうこともあった。しかし、専門的な役割を減らし、適切なクロストレーニングを導入することによって、突然の病欠が発生してもチームの残りのメンバーで対処しやすくなった。また、料理とサービスも向上したと、デ・ラ・カンパは語る。料理長が品質管理についてより責任を持つようになったことで、問題点を特定してチームに適切なフィードバックを提供しようという意欲が高まった。

生産能力の向上

 モーズ・オリジナル・BBQでは、チームのメンバーが顧客対応にも非顧客対応にも柔軟に対応できるようになり、需要のピークに対応する十分な余裕ができた。これは、より質の高い料理とサービスにつながった。さらに重要なことは、クロストレーニングを受けたチームが、ケータリングの専門知識を得て注文をより多くさばけるようになったことだ。ケータリングの売上げは1年目に60%増え、一方で人員配置を大幅に変更する必要はなかった。

よりよい仕事

 上記の3社はいずれも最終的に賃上げを行った。クロストレーニングを受けた従業員は生産性が向上し、より多くの分野で貢献できるようになって、賃上げは適切な投資になった。シー・ウルフでは、クロストレーニングを通じて新しい人材のパイプラインが生まれた。販売チームのスタッフに製造の経験を積ませることによって、パンづくりの潜在能力がある人を発掘し、製造チームの増員が必要になった時にパン職人への転向を後押しできる。これは従業員にとっては、キャリアアップと賃金アップにつながる。また、会社は顧客の数によってスタッフを増減する必要がなくなり、よりよいスケジュール、つまり、より規則正しいスケジュールを従業員に提供しやすくなった。

 クロストレーニングは、仕事をより有意義なものにするためにも役立った。モーズ・オリジナル・BBQでは、よりよいコミュニケーションと帰属意識に貢献している。スタッフは、「フロント部門」と「バック部門」ではなく「ワンチーム」と呼んでほしいと主張するようになった。

 より高い給与、よりよいスケジュール、よりよい仕事の組み合わせによって、モーズ・オリジナル・BBQは離職率が30%減り、業績向上にも成功した。

クロストレーニングが普及しない理由

 多くの企業のリーダーは、クロストレーニングそのものには賛成だが、自分たちの場所でうまくいくという確信が持てていない。従業員がさまざまな役割をこなすことができない、あるいは学ぶ意欲がないと考える人もいる。

 現実的に大きなリスクは、クロストレーニングを単独で導入するとオペレーション上の問題が生じやすいことだ。従業員がすでに過重な負担を強いられていたり、勤続年数が短かったりする場合や、会社が高い期待値を設定し、それを実現できない状況では、クロストレーニングの導入はミスやフラストレーションを増やすかもしれない。

 重要なのは、クロストレーニングを可能にするシステムを構築することだ。小規模の飲食企業では、これを補完するための選択肢がいくつかある。

・業務を簡素化し、付加価値のない業務を排除して、従業員が顧客体験を向上させるような業務の習得に時間を費やせるようにする。

・業務を簡素化し、内因的に発生する業務のばらつきを減らす。つまり、仕事量のばらつきをならしてピークを管理しやすくする。

・従業員が異なる役割でも一貫性を保てるように、明確な基準を設定する。

・どの仕事をいつやるかを従業員が判断できるようにする。

・新しい仕事を覚える時間を十分に確保できるように、人員の配置に余裕を持たせる。

・人材に投資して優秀なスタッフを集め、維持し、チームとして高い期待に対する責任を持たせる。

 モーズ・オリジナル・BBQはクロストレーニングの導入を数年にわたり検討していたが、離職率が高いために、従業員に基本的なトレーニングを受けさせるだけでも苦戦していた。そこでオーナーのハスブルックは、クロストレーニングに加えて、メニューを簡素化し、スペシャルメニューを週末から平日に移動させて仕事量をならすなど、チームを成功に導くためにオペレーションの改革を行った。また、従業員への投資も積極的に行い、メイン州ではフルタイムの時給を15ドルから20ドルに引き上げ、チップ収入もプラスした。

 ただし、給与が上がれば、求められることも高まる。ハスブルックは職務記述書を変更し、「すべてをこなせる従業員を求める」と明記した。クロストレーニングの導入により、企業にとって仕事の価値が高まった。そして、給与が上がることにより、従業員はそれに見合う責任と高い期待を引き受けることになった。

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 このような変化は一夜にして起きるものではないが、よりよいシステムはオペレーションを優れた状態にし、チームの潜在能力を発揮させることができる。飲食業をはじめとするサービス産業は逆風に直面しているが、クロストレーニングは従業員の生活を向上させ、地域社会の活気あるビジネスを維持しながら、よりよいサービスを提供し、困難に立ち向かう力になる。


"How the Food Industry Is Using Cross-Training to Boost Service," HBR.org, September 22, 2023.