特定の領域に特化する
原則として、生成AIモデルは幅広い領域での意思決定に活用可能ではあるが、組織や市場についての明確なデータを用いて個別の問題に利用するほうがはるかに効果的である可能性が高い。
前出のマット・ジョンソンは以下のように説明している。「一般的に、特定の領域についての人間の知識や専門技能が具体的かつ明確に定義されているほど、生成AIはより効果的に機能する。そうした領域では私たちがターゲットにできる何らかの基本モデルが存在している。たとえば、マーケティングのニッチな領域や金融市場の意思決定、膨大な量のオープンソースのソフトウェアコードが利用可能なソフトウェアコードの開発などの領域である」
経験曲線に注意を払う
労働者のスキルや経験プロファイル(専門家か初心者か、あるいはその中間か)次第で、その人物のAIテクノロジーとの関わり方や期待される影響に大きな違いが生じることが調査によって示されている。一般的に、専門家は経験と直感を重視する傾向が強く、状況の確認や代替案の提案のために機械を活用する。また、その分野に長期間携わってきた場合、専門家は新たなテクノロジーを身につけにくい場合がある。
初心者はAIを利用してコツを学び、さまざまなシナリオに素早く触れられる一方、機械頼みになりすぎないよう、実践的な練習も必要だ。ビジネスリーダーがAIスキルの戦略や活用を設計する際には、スキルレベルや経験、組織の知識、テクノロジーの習熟度といった要素をすべて慎重に調整する必要がある。
専門技能を常に最新化しておく
組織は生成AIを、自動化とコスト削減を実現する短期的な手段と見なしたくなるだろうが、労働者と組織のスキル低下という長期的リスクも存在する。マット・ジョンソンは「AIを効果的に活用し、労働者のスキル低下リスクを回避するためには、専門技能を最新の状態に保っておくことが大切だ」と指摘する。
彼は米海軍パイロットとしての経験を踏まえて、次のように語っている。「パイロットでさえ、時には自動操縦のスイッチを切って手動で航空機を着陸させる必要がある。シミュレーターは現実の飛行でしたくない行為を練習するのに向いているが、シミュレーターだけではスキルを維持できない。実際にやってみる必要がある。ビジネスやマネジメントの場面でAIを意思決定に利用する際にも、同じことが当てはまる」
適切な質問を、適切な方法で
生成AIの登場によって、「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれる新たな学問領域が生まれている。これは一言で言えば、AIシステムから最適の回答を引き出せるような質問やプロンプトを組み立てる技法のことだ。
研究者が示しているように、一般的に、特定の領域の専門家は素人や他の領域の専門家と比べて、有益な情報を得られる質問のフレーズを作成する能力(考慮すべき関連要因や重要なパラメーター、除外すべき要素、望ましいアウトプットの形式を設定する能力など)が高い傾向にある。一般的なビジネス機能やユーザー全体にAIを広く普及させるために、多くの組織が「シチズンAI」プログラムを取り入れているが、リーダーは企業全体でプロンプトエンジニアリングのスキル養成に多大な投資を行う必要がある。
* * *
今日のビジネスリーダーやマネジャーは、かつてないほど多くのデータを、かつてないほど多くのソースから入手している。だが、逆説的ながら、膨大なデータが押し寄せた結果、重要な意思決定を正しく行わなければならないというエグゼクティブへのプレッシャーは強まる一方だ。
AIツールは、トラッキングやシミュレーションの改善、バーチャル環境でのリアルな訓練、AIを活用したリアルタイムの意思決定アドバイスなど、多様な方法で人間の認知的負荷を軽減し、意思決定の効果を高めてくれる。
しかし、そうした利点を現実のものにするために、組織はAIシステムの長所と短所、限界に注意を払いながら、目を見開いて人間と機械の共同作業に取り組む必要がある。何よりも重要なのは、AIを正しく活用しつつ、リスクを軽減させるために、人間の意思決定者がみずからのスキルや専門技能、判断力を磨く努力を続けることである。
"How AICan Help Leaders Make Better Decisions Under Pressure," HBR.org, October 26, 2023.